隆司先輩がサロンのそばに車をつけてくれて、それに乗り込む。

「招待状に手土産不要って書いてあったから、何も用意してないよ」
「ああ。だが後日の礼にシャトーディケムを用意しておいてくれるか?創業年の1989年」
「わかった」
「会社のロゴと同じ色をと思って調べたら、当たり年らしい」
「そりゃ縁起がいいな。会長の奥さん、ワイン好きだから喜ぶだろ」
「会長よりそっちのご機嫌取りをしておいたほうがいいからな。それと、来月の新店舗のプレオープンにはなるべく目立つスタンド花を用意したい。早めにいつもの店に発注をかけておいてくれ」

仕事の話は全くわからないため、私は颯太の隣で黙って窓の外を眺めた。
一時間ほど車を走らせ、横浜へたどり着いた。
ふ頭の近くでおろしてもらい、ふたりで桟橋へと歩く。
もうすぐ18時というこの時間でも、すでに日は沈んでいる。

「紗知」

隣を歩いていた颯太が立ち止まり、ポケットから小さなアイボリーの入れ物を取り出す。
それはどう見てもリングケースだ。
彼は私の左手をそっと取り、薬指にリングをはめる。

「今日だけつけててくれ」

…そうか、一応婚約者ということで婚約指輪は必要なのか。
指に目を落とすと、存在感のある一粒ダイヤがキラリと光り、アーム部分にもメレダイヤが埋め込まれていて煌びやかだ。
いくらするんだろう。わざわざこのために買ったんだろうか。
しかもサイズもぴったり…
ここではたと気づく。

「私の指のサイズなんて、どうして…」

顔を上げると、颯太はどこか切なげに口元だけ微笑ませた。
その表情に息をのむと、彼は私の問いに答えることなくまた歩き出す。
心にもやもやと引っかかったけれど、桟橋が近づき、クルーズ船が見えてくるにそれどころじゃなくなっていった。

間近で見ると、クルーズ船は想像していたよりも遥かに大きい。
2階建ての船のさらに上は展望デッキになっているようだ。
颯太の話では、中には広いレストランが数カ所あり、各場所で結婚式が行われることが多いらしい。
けれど、今回に関しては2階が丸々貸切だそうだ。
道楽のパーティーだと聞いていたのに、何百人招待されているんだろうと思うと恐ろしくなる。