元彼専務の十年愛

もう夜中だというのに、駅のホームは人で溢れている。
繁華街が近いため、酔って千鳥足になっているサラリーマンの姿も珍しくはない。
上京してから何年も経ち、もうこれが日常のはずなのに、いまだに慣れず居心地が悪い気持ちになる。
数分に一本は訪れる電車を待ちながら、バッグからスマホを取り出した。
画面にはメッセージアプリの着信通知が表示されている。

『27歳、おめでとう』

ケーキとニコニコマークの絵文字がついた母からのメッセージに、胸がチクリと痛む。
もう寝ているだろうけれど、返信しておかないと母を心配させてしまうかもしれない。
起こしたら申し訳ないと思いつつ『ありがとう』とこちらも絵文字付きで明るく返した。
母がお腹を痛めて産んでくれた日を心から喜べない自分に、後ろめたさを感じながら。

『高瀬先輩、どうして私の誕生日知ってたんですか?』
『たまたまマネージャー同士で話してるのが聞こえたんだ。だから、誕生日と交際記念日が同じになったらダブルでめでたいかなって…玉砕覚悟で告白しようって』

照れくさそうに笑ういつかの顔が浮かんで自嘲した。

「…ダブルでめでたい、か」

騒々しいホームで、私の呟きは誰にも拾われることはない。