元彼専務の十年愛

サロンに着くと、数々の煌びやかなドレスと女性スタッフが迎えてくれた。

「神代様、いらっしゃいませ」
「10月の初めの夜のクルーズなので寒くないように。あとは彼女に似合うものを」
「かしこまりました」

颯太は簡潔に要望を伝えて去って行く。
残された私は、今までこんなところを訪れたことがないため狼狽えてしまう。

「それでは有沢様、こちらへ」
「あ、はい」

スタッフに促され、声を裏返らせながらテーブルへと移動する。
要望や好みをヒアリングされたけれど、パーティーにどんな服が適切なのかもわからない私は「お任せします」ということしかできない。
いくつかドレスを用意してくれて、されるがままフィッティングをした。
選んでもらったのはピンクのレースのドレスにボレロだ。
イメージが沸くようにと軽くヘアアレンジもしてくれた。

「とても素敵ですよ」
「絵本から出てきたお姫様のようですね」

スタッフに大袈裟に持て囃され、恥ずかしくて作り笑いをした。
地味な私にこんな華やかな服はさっぱり似合っていないと思う。
颯太はいつのまにか戻ってきていて、ソファに座っていた。

「神代様、いかがでしょうか」

こんな格好を見られるのは恥ずかしくて視線を泳がせつつ、ちらりと颯太を見ると、彼は軽く身を乗り出して私を見ていた。

「うん、よく似合う。これにしよう」

目を細める彼に、密かに胸が鳴るのを感じた。
本当に冷淡…?本当に昔の颯太とは別人なの?
運転していた時、彼はきっと私の不安をほぐそうとして地方勤務の時の話をしてくれたのだ。
そういうさりげない気遣いはあの頃と変わらない。
けれど、彼は自分の政略結婚を他人事のように言っていた。
どこからどこまでが本当の颯太なのか、彼の心の内が全く見えない。

…いや、見えなくたって別にいいのだ。
私たちはただ半年間の取引をしているだけの関係なんだから、彼の態度や言葉にいちいちショックを受けたり安堵したりする理由もない。
わかっているのに気にしてしまうのは、私がまだ過去に囚われすぎているということなんだろうか。