元彼専務の十年愛

「まだ極秘の話だが、今『ALPHAホールディングス』の立ち上げに向けて動いている。その際にもっとメリットのある縁談が出てくることを俺も父も期待してる。煩わしいものは早めに切り捨てておきたいんだ」

事務的に語るその横顔は氷のように冷たい。
取引を持ちかけられたあの時のように、颯太の口から出てくるとは思えないような言葉が出てきて再びショックを受けた。
沈黙していると、颯太が取り繕うように表情を変えないまま付け足す。

「ああ。心配しなくても、重役の婚約なんて社内で公表されるようなものじゃないから、半年後に会社にいづらくなるようなことはないよ」

違う。私はそんなことを心配しているわけじゃない。
取引を持ちかけられた時は深く考える余裕がなかったけれど、会社のメリットのための結婚というのは、言い方を変えれば颯太が言うように『政略結婚』。
現社長も、恋人である颯太の母親と別れてまで決められた相手と結婚したのだ。
会社のためなら愛のない結婚も厭わないということ?
自分の感情も相手の感情も二の次だということ?
私には到底理解できない。

「同席して欲しいのは、商業施設の会長が道楽でやってるクルーズパーティーだ。堅苦しいものじゃない。そこで親交のある人たちに婚約をアピールできればいい」
「…わかった」
「今度の日曜は休めるはずだから、パーティー用の服を買いに行こう。丈を直したりしてもらうのに時間もかかるからな」
「…うん」

返事をするので精一杯だ。
やっぱり颯太は昔の颯太とは違うのだと痛感させられる。