「すみませんが、疲れているので…」
「いいじゃん。シフトも融通きかせてあげてるんだし、たまには言うこと聞いてくれてもいいんじゃない?」

意地悪に片側だけ口角を上げる店長に閉口した。
店長に何かと気を配ってもらっていたのは事実だ。
本業の残業で多少出勤が遅れても、店長がうまくフォローしてくれたから今までやってこられた。
だから下手なことを言って仕事がしずらくなるのは困ると思っていたけれど、まさかこんなことを言われるなんて。
これは脅し…なんだろうか。
これに従わなかったら、私はどうなる…?

「ほら行こうよ。ね?有沢さ——」

伸びてきた手から逃れようと反射的に一歩下がったら、後ろのドアに音を立てて背中がぶつかった。
廊下に大きく響いたその音は、拒否を示すにはじゅうぶんすぎるほど。
さっと血の気が引いた。
さっきまでとは違う、眉根を寄せて目を据わらせた店長の顔が、廊下のライトに照らされる。

「有沢さんさあ、その態度——」
「失礼しますっ」

勢いよくドアから飛び出すと、エアコンの効いた店内とは大違いの熱風が私を迎えた。
今夜も予想通りの熱帯夜。すぐに肌が汗ばんでいく。
消灯もしていない店長が追いかけて来ないことはわかっているけれど、とにかく走った。

駅前の大きな道に出て歩みを緩めた。
息が切れ、喉がカラカラに渇いて気持ち悪い。