『私は紗知の気持ちを知りません。紗知はもう、自分からあの頃の話をしないから』
「ああ」

当然だろう。大切な日にあんな別れ方をしたのだ。
彼女にとって俺は最低な元恋人だ。もう思い出したくもないに決まっている。
けれど、幸いにも今の俺には物理的に彼女の状況をなんとかしてやれるくらいの稼ぎがある。
それが少しでも、傷つけた彼女に対する償いになるのなら…

「宇野、話はわかった。俺にできることはするから安心してくれ」

少しやりとりをして電話を切った。
言い寄っているのが店長なら履歴書の管理もしているだろう。
バイトを辞めても、彼女の住所を調べて訪ねて行く可能性がないわけではない。
動くなら早いほうがいい。

「隆司」
「ん?」
「明日のスケジュールを調整して、少し時間を空けてくれないか」
「ああ」

即答するところをみると、隆司は愛花から事情を聞いてすでに予定を調整してくれているのかもしれない。

車窓から黒い空を見上げる。
誕生日だというのに、彼女は今日もアルバイトをしているんだろうか。
身体を酷使して、気持ちをすり減らして。
考えると胸が痛む。
感情なんて大半欠けているはずなのに、今日の俺はどうかしている。
もっと仕事のことを考えていなければならないのに。

けれど…
彼女を助けてやりたい。
たとえ彼女が、二度と俺に会いたくないと思っているとしても。