元彼専務の十年愛

『明日引っ越し!?婚約者のふり!?』
「そう」

電話越しの愛花が、予想通り突拍子のない声を上げた。
愛花は都内の広告代理店で働いており、定期的に一緒にランチに出かけている。

『どういうこと?婚約者のふりって』
「うん、実は——」

説明しながら、なんて馬鹿げたことを言っているんだろうと思う。
明日になったら全部夢だったということになっていてもおかしくない話だ。
まだ人に話すべきではないのかもしれないけれど、この悶々とした気持ちをひとりで消化することは到底できそうになかったため、つい愛花に電話をしてしまったのだ。

一通り話し終えると、電話の向こうで愛花が大きなため息を吐くのが聞こえた。

『そっか。バイトはやめたんだね、よかった』
「うん。そのことは正直ホッとしたよ」
『でも婚約の話は予想外…』
「予想外って?」
『あ、ううん、なんでもない。とにかく、本格的に身体を壊さないうちになんとかなってよかった』
「ありがとう。心配かけちゃったね」
『いいよ、そういう時はちゃんと頼って』

先週、すり減った気持ちが限界に達してしまい、愛花と電話をしながら取り乱して大泣きしてしまったのだ。
愛花は夜遅い時間にも関わらず、タクシーで私のマンションまで駆けつけてくれた。
借金や兼業の話は誰にもしていなかったから、話を聞いてもらったらずいぶん気持ちが楽になった。
持つべきものは友達だ。愛花がいてくれて本当によかったと思う。