元彼専務の十年愛

「で、俺は別の会社に就職してたんだけど、この春に颯太に誘われて秘書として転職してきたんだ」
「そうなんですか…なんだか全然話についていけないです」
「そうだよね」

隆司先輩は苦笑いを浮かべたあと、姿勢を正した。

「それでは、これからさらに『ついていけない話』をさせていただきますね、有沢さん」

ユーモラスに言って彼が広げたのは、マンションのポスターだ。

「こちらが現在専務が住んでいるマンションです。専務は基本的に車で通勤しますが、駅まで徒歩五分程度、会社までは直通で10分なので電車通勤にも便利です」

ポスターを見ながらぽかんとした。
斜め下の角度から撮られているこの写真、どう見てもタワマンと呼ばれる部類の高さだ。
住所が麻布で、2SLDK…ファミリー向けの間取り。
家賃は一体いくらするんだろう。
口を半開きにしている私に、隆司先輩は困ったように眉尻を下げて口元を緩め、もう一枚書類を差し出した。

「こちらが引っ越しのスケジュールです。明日の午後有沢さんのご自宅に業者が入ります」
「…へ?」

鼻から抜けるような声が出た。
…明日って言った?

「荷造りに関しては女性スタッフを含め、3人手配してあります。足りないようでしたら——」
「ちょ、ちょっと待ってください。そんなにすぐ…だって、退去の連絡だってまだ…」
「それもこちらで請け負います」

文字通りの『ついていけない話』に混乱する。
私はついさっき取引を持ち掛けられたばかりで、それすらもまだ現実味がないというのに。