元彼専務の十年愛

「詳しい話はあとでする」と言って、忙しいらしい颯太は腕時計に目を落とし足早に去っていった。
私もずっとその場にいるわけにはいかず、ふらふらと総務部のフロアへ戻った。

「あ、有沢さん。なんだったの?」

河田さんが身を乗り出して問いかけ、強張りつつもなんとか笑みを浮かべる。

「ただの人違いだったみたいです」
「専務には会ったの?」
「いえ、えっと…秘書課の方にお会いしただけです」
「なーんだ。びっくりしちゃった。じゃあ社内報は頼んじゃっていいわね」

河田さんは苦笑いをしながらマウスを操作し始める。
席につき、仕事なんて手につくわけもなく、端末で会社のホームページを開いた。
会社概要のページには『代表取締役社長 神代孝一』という名前が載っている。
下へスクロールすれば確かに『専務取締役 神代颯太』の文字。
春の広報に人事異動のリストを載せた時は、苗字が『高瀬』ではないし写真もなかったから気づかなかった。
『神代』なんて言われてもまるでピンとこない。
私には彼を『高瀬先輩』と呼んでいた時代が、今も色濃く残っているのに——