元彼専務の十年愛

「人事管理のデータでたまたま名前を見つけた。まさかこの会社に勤めてたとはな。驚いた」

俯いている私に彼の表情は見えないけれど、驚いたというわりには淡々とした話し方だ。
けれど、私の耳を震わすやわらかく通る低音は、確かに彼の声で間違いない。

「…どうして、あなたがここの専務なんですか」
「ここは同族経営だ。と言っても、神代の血筋は父親である現社長と俺だけで、他の役員は違うけどな」

父親…?
彼の家は母子家庭だったはずだ。
私たちの地元はここから2時間半も離れた田舎町で、家は昔ながらの瓦屋根だった。
贅沢な暮らしをしている印象もなかった。
そもそもこの人は『神代専務』で『高瀬』の姓ではない。
どういうことなのか全くわからず、頭がうまく回らない。
やっぱりこれは夢…?
ちらっと彼のほうを見ると、その茶色い瞳が真っ直ぐに私を映していて、胸が大きく跳ねた。