靴音が近づいてくるのが聞こえて、瞼を開いた。
車で来ていただろうに、颯太も下に停めてわざわざここまで歩いて上って来たようだ。
10年分大人になった彼が、白い歯を見せながら笑ってやって来る。
感情を抑えた控えめな笑みではない。
高校時代のように、一緒に大口を開けて笑えるような本来の颯太の笑顔だ。
私の前に立った彼が、風になびく私の横髪をよける。

「誕生日おめでとう。お待たせ、紗知」
「おかえり、颯太」

どちらからともなくきつく抱きしめ合った身体から、互いの愛しい気持ちが伝わる。
じゅうぶんすぎるほどの幸せがここにある。
小説とは違うこんな結末が訪れるなんて、本当に夢みたいだ。
いや、結末じゃない。私たちの物語はこれからだ。
本当はこのままずっと抱き合っていたいけれど、実はそういうわけにもいかない。
名残惜しそうにゆっくりと身体を離した颯太が苦笑いを浮かべる。

「日付が変わらないうちに提出して来なきゃな」
「うん」
「『高瀬』じゃなくてごめん」
「苗字なんてなんでもいいよ。颯太は颯太だもん」

彼は柔和に笑みを浮かべ、やさしいキスを落としてくれる。

手を繋いで一緒に歩き出す。
それはまるで、部活帰りのあの頃のように。

『いつかさ、結婚記念日も、誕生日と交際記念日と同じになったらいいな』

あの頃描いた未来が叶う日。
私たちはここから始まり、ここで終わり、そして再びここから始めていく。

二度とこの手を離さない。
これから先、ずっと寄り添って生きていこう。
たくさんの愛を紡ぎ、共に笑い合いながら。