「正直なところ、血縁を残したいという気持ちは私も前社長と同じようにあったんだ。颯太もそのつもりでいたから、いつしかそれを当然のことのように思っていた」

「だが」と続けて、社長はガラス窓から覗く空を見上げた。

「そんなわけがなかったな。颯太はそう納得する他に道がなかった。自分が経験していたのに、颯太に同じことを強いるところだったよ」

切なげなその瞳の先に映るのは、颯太の母親の姿だろう。
俺は10年前の葬儀で、この人の姿を見ている。
棺の前で肩を震わせ涙を流すその瞳は、颯太と同じブラウンで、颯太の母との関係を想像するのは容易かった。
社長は放心状態だった颯太に目を遣ったが、その時は結局颯太に声をかけなかった。
ただでさえ混乱している颯太に、突然父親として名乗りでることを躊躇したのだろう。
けれど政略結婚をしても、もう会うことの叶わない颯太の母を、父親の存在を知らない颯太のことを、ずっと気にかけていたのだと思う。

「私は嬉しかったよ。『会社のためではなく、好きな人と好きな場所で生きていきたい』と真っ直ぐに熱意をぶつけられたことが。颯太が初めて私に本当の感情を見せてくれた気がした」

社長の言葉を聞きながら、口元が緩んだ。
俺の心配も覚悟も杞憂だった。
この人は前社長とは違う。
ちゃんと父親として颯太を想っている温かい人だ。

「本当なら今すぐにそれを叶えてやりたいんだが、そういうわけにもいかなくてね。だが颯太は『やるべきことはきちんと片付ける』と言ってくれた」

社長がこちらに目を向ける。

「隆司くん、颯太が早く有沢さんの元へ戻れるように、サポートしてやってくれるか?」
「もちろんです。颯太の幸せは、私にとっても大きな願いですから」
「ありがとう。隆司くんがいてくれて本当に良かったよ」

やわらかく微笑んだその顔は、颯太にそっくりだった。