『婚約者のふり』だなんて言って面識がないはずの女性社員を紹介されたのだから、不審に思って彼女の経歴を調べるのは当然だ。
そうなれば、颯太や俺と同じ高校の出身であることは容易にわかる。

「パーティーのときに驚いたんだよ。颯太はあんなにやさしい顔をして笑うのかと」

社長は目を細めて口元を微笑ませる。

「隆司くんが秘書になってくれて表情がやわらいだと思っていたが、まだまだ私の知らない顔があったんだな」
「私は有沢さんには敵いません。高校時代も、今も、颯太の心を動かすのはいつだって彼女でした」
「…そうか」

颯太が高熱を出した日。
意識が朦朧としている中、颯太が有沢を見てあまりにも幸せそうな顔をしたから、俺は不覚にも泣きそうになった。
その時心に決めたのだ。
もし颯太に有沢と離れたくない、想いを消しようがないという感情が俺にも見えたなら、その時は全力で背中を押そうと。
そして、そのためなら俺は社長に逆らってこの会社にいられなくなる覚悟もしていた。