元彼専務の十年愛

無駄に広い敷地を全速力で突っ切り、校舎のほうへと向かう。
彼は校門の端に寄りかかっていた。
靴音に気づいたらしい彼がゆっくりこちらを向いたけれど、その表情は今まで見たことがないくらいに冷たい。

『何かあったの?心配してたんだよ』

その言葉が出てこなかったのは、息が切れていたせいじゃない。
私たちの間のほんの2メートルほどの距離がとてつもなく遠く、拒絶の空気すら感じたからだ。

もしかしたら今日のためにサプライズを用意してくれてるのかな、なんて連絡が取れない間少し考えたりもした。
けれど、それが全くの見当違いなのは彼の表情を見れば明らかだった。

「ごめん、前から考えてたんだけどさ」

壁から身体を起こした彼が、悪びれもせず口角を上げる。

「勉強に専念したいから、別れて」

え、という声は、声になっていなかったかもしれない。
校門脇の木々から聞こえる蝉の声がやけにうるさく頭に響き、容赦なく私の思考を奪った。
茫然と立ち尽くす私に、彼は返事を待つことなく背を向けて歩き出した。
遠ざかる姿がゆらゆらと揺れ、次第に痛みが胸を蝕んでいく。

『17歳の誕生日、欲しいものある?』
『え?うーん…颯太がそばにいてくれればそれでいいよ』
『欲がないな。誕生日じゃなくたって、いつもそばにいるよ』

…嘘つき。

『一年の記念日でもあるから、何かちゃんとしたのをあげたいんだ』
『…じゃあ、リクエストしてもいい?』
『何?』
『あのね、すごく安いものでいいから——』

ひどいよ。
どうして、よりによって今日なの……