【書籍化】「急募:俺と結婚してください」の手持ち看板を掲げ困っていた勇者様と結婚することになったら、誰よりも溺愛されることになりました。【コミカライズ】

 その時にふと誰かが木で出来た手持ち看板を持って、道ゆく人に必死に叫んでいた。まるで何かに吸い寄せられるように見てしまい、何をそんなにも主張しているのだろうと私は気になった。

 いつもなら、気にも留めないことだったのかもしれない。

 だけど、この時の私は、絶望的に沈んでしまった気持ちを少しでも紛らわせたかった。

 辛い現実を、直視なんてしたくなかった。美しいジャスティナと比較して私を選んでくれる男性なんて、居る訳がない。

 私は馬車の御者台(ぎょしゃだい)の座る御者に知らせるために、コンコンと前の戸を叩いた。

「……停めてちょうだい」

「……フィオナお嬢様? ご気分でも?」

「いいえ。少し……用を思い出したわ。貴方たちは、ここで待っていて」

 ひどい雨の中で早く帰って温まりたかっただろう御者は、私は何を言っているのだろうと思ったはずだ。

 けれど、御者の彼には仕える家の娘の私の指示に逆らうことは、許されていない。

 短い馬のいななきとともに、車輪が鈍い音を立てて馬車は停まり、私は戸を開けた。