私にもあまり話したこともない彼の上辺の姿に憧れていた時が、あった。

 けれど、ジャスティナから彼が私に何をしたかを聞けば、ただただ怖くて……とっさに私は、今すぐここから逃げなきゃいけないと思った。

 え。けど、待って。さっきまで私のすぐ近くに居たロッソ公爵家に仕える護衛騎士たちは……どこに行ってしまったの?

 私を守るためにいたはずの彼らの姿は、今はどこにも見えない。

「……本当に、久しぶりだね。社交期に入り、いきなり結婚したと聞いて驚いたよ。実は僕も君をダンスに、誘うつもりだったから」

 不気味な明るい表情の中の、違和感に気がついた。茶色の目は、まったく笑っていない。

 危険だ。喉が自然と鳴った。いけない。ここから、逃げなきゃ。大きな声を出して、逃げなきゃいけない。

 けど、それをしたら……彼に何をされるの?

「……あのっ……! 私。とても急いでいますので、もうこれで失礼します。申し訳ありません。ヴェルデ様」

 私は急ぎ足で、すぐ近くに停めてあった馬車へと進もうとした。けど、素早く動いたエミリオ・ヴェルデに腕をつかまれて、その力の強さに思わず声をあげた。