悲恋を生んだのは
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詩side
1週間前、私は初めて恋をした。
それから菖さんに毎日会いたくなってたんだけど、学校行事の都合で中々行けなくて。
でも今日は時間がある。
学校が終わり、早く行こうと玄関を飛び出そうとしたとき。
「……今日も行くのか?」
そう背後から声をかけてきたのは樹李。
「うん」
「……そんなにいいのかよ、菖の店」
「それはもう!」
すると樹李は、
「行ってみるか」
と言い出した。
樹李は古本屋とか好きじゃないのに……
「なんで急に?」
「あー……いや」
「?」
「詩が菖を見送ってた時の顔が……どうしても頭から離れねぇんだよ」
もう、樹李声が小さい。
「なんて?」
「……ただ気になっただけって言ったんだよ。ちゃんと聞き取れ」
「ごめんなさいね、耳が遠いもんで。はぁもう、行くよ」
喧嘩なんてしてたら時間がなくなるじゃん。
「菖さ〜ん!」
「おっ、詩ちゃんいらっしゃい。あれ、今日は樹李も一緒?いらっしゃい」
「ふふっ、急いできちゃいましたっ」
「結構いいな、夢幻堂」
おっ。
「でしょでしょ〜?」
「なんで詩が自慢げなんだよ」
「別にいいじゃ……」
「あっ、そういえば!」
いつもの痴話喧嘩が始まりそうな私たちを止めに入るかのように、菖さんは手をポンと叩いて言った。
「そういえばこの前、お夕飯作ってたら卵の黄身が双子だったんだよ。いいことあったね」
「あ……」
『今日はいいことあるかもね』
1週間前の……
「ふふっ、そうですね」
「………」
あっ、樹李には何のことか分からないから退屈だったかな……
話題変えないと。
「私、今日は3冊は買って帰ろうと思ってるんです!」
「3冊も?嬉しいけど、お小遣い大丈夫?」
「はいっ」
これからは、本は夢幻堂で……菖さんのお店で買いたい。
だから、今まで貯めてたお小遣いを持ってきた。
ちょっとくらい欲張っても大丈夫!
……多分。
そして私たちはカウンターに集まって、どの本を買うか3人で話し合った。
「読むのが楽しみっ」
話し合いの末、私は予定通り小説を3冊購入した。
「喜んでもらえたみたいで嬉しいよ。もう閉店時間近いし、樹李、詩ちゃんと一緒に帰ってあげてね」
「え、あ、ああ」
気にかけてくれるのは嬉しいし樹李には悪いけど、菖さんと一緒に帰りたかった……なんて。
「またね詩ちゃん」
「はいっ、菖さんありがとうございましたっ」
菖さんのバイバイの手で見送られ、私は樹李と家へ向かった。
「夢幻堂、良かったでしょ?お店の雰囲気最高だよね」
「……詩さ。夢幻堂が好きなだけじゃなくて菖のことも好きなんだろ」
予想外の言葉に、私は驚きを隠せない。
「え……えっ!?いいいや?そそんなこと……」
「相変わらず嘘つくの下手すぎ」
うっ……
幼なじみに好きな相手がバレるって恥ずかしい……
しかも相手が自分の従兄弟なんだし……
樹李の顔を見れないでいると。
「……これ知ってんのも、俺がずっと近くでお前のこと見てきたからなのにな」
「……樹李?」
どうしてそんな……悲しそうな声なの?
「今日こうやって一緒に来たのも、俺が詩のこと好きだからなのにな」
「……え?」
サラッと告げられた私への気持ち。
動揺せずになんていられなくて、無意識に足の動きが止まる。
「詩1人で行かせたら、菖に詩を取られそうだったからなのに……もう、手遅れなんだな」
「ちょ、ちょっと待って……」
だって樹李、そんな素振り一度も……
「まだ会って1週間の菖のこと、好きになったんだろ?」
その一言と同時に私の顔を見た樹李は、酷く辛そうな顔をしていた。
「樹李、ごめ……っ」
「いいよ、言わなくて」
今まで気持ちに気づかなくてごめん。
そして、菖さんが好きだから樹李とは付き合えない、ごめん。
その2つの意味を込めて言おうとした“ごめん”を、樹李に遮られる。
「返事分かってるから」
「っ……」
私はその言葉に、突き放されたような気持ちになる。
「……なに、それ。確かに私は樹李じゃなくて菖さんのことが好きだよ?でも樹李だって私の大切な幼なじみなんだから、返事くらいさせ言わせてよ!」
いつも喧嘩ばっかりだけど、私は樹李のことを嫌いに思ったことは一度もない。
だからそんな風に言わないで……
「っ……んだよ、それ……」
樹李は悔しそうな声を出す。
自分勝手なことは分かってる。
でも返事を聞かないまま終わるとか……悲しいじゃん。
「樹李の気持ち知れて、私嬉しいんだから」
そして私は、その言葉を口にした。
「樹李、ごめん。私、菖さんのことが好き。だから、樹李とは付き合えない」
薄暗い世界に沈黙が続く。
少ししてそれを破ったのは、車が通る音。
そしてそれに続くように、樹李が口を開く。
「……やっぱ、分かっててもキツいな」
樹李は今、私に背を向けている。
だからどんな顔をしているのか分からない。
でも、私が樹李を傷つけてしまったことに変わりはない。
「……ごめん」
だから、この一言しか言えないのだ。
樹李が私の方を振り返ったかと思うと、樹李は不器用な笑みを浮かべて言った。
「なーに深刻な顔してんだよ。俺より悲しんでるみたいじゃねぇか。後悔してないんだろ?」
「……うん」
「ならいーんだよ」
「っ……」
優しすぎるよ、樹李。
絶対樹李の方が悲しいのに、私は耐えられなくて涙を流す。
今思えば、樹李はよく私のことを気にかけてくれていた。
そんな樹李を私は……
本当にごめんね、樹李。
それと、気持ちを伝えてくれてありがとう。
「なんでお前が泣くんだよ」
「うっ、だって〜……」
「……泣き虫だな、詩は」
そして私たちは、再びゆっくりと歩き始める。
その時ぼやけた視界の隙間から見えた樹李の背中が、泣いている子供のように見えて。
こんな時も私に気を使って泣けないでいる樹李は、きっと、私が思っている以上に私のことを想ってくれている。
そう思うと、人を好きになることは楽しいだけじゃないと強制的に学ばされる。
私の恋心は、大切な人を傷つけてしまうものなの……?
夜風が生み出す葉の音が、余計に私の心を掻き乱した。