出発の前夜。
 鈴は、ドラモンド侯爵専用の執務室に呼び出されていた。
 まだ、一緒に暮らし始めて一年も経っていない。
 鈴が10歳のときに養父になったとはいえ、
 ずっと別々に暮らしてきた。
 未だ、「父上」と呼ぶことはできず。
 まして、鈴にとってドラモンド侯爵は永遠に憧れの「ドラモンド侯爵」にしか思えない。

 薄暗い廊下を歩いて行くと。
 扉の前には、ホムラが立っている。
「おまえも呼び出されたのか?」
 鈴が言うと、ホムラは黙ってフードを脱いだ。

 扉をノックして「どうぞ」という声が聞こえたので。
 鈴の緊張はマックスになった。
 そんな鈴のことなんぞお構いなしに「失礼します」とホムラが中へ入っていく。
「おい、主人より前に入るな!」
 ホムラに向かって、怒鳴った鈴だったが。
 ソファーに座っているドラモンド侯爵を見た瞬間、頭が真っ白になった。
 心臓の鳴る音がバクバクと相手に聞こえてしまうのではないかと思うくらい大きくなっている。
 身体が硬直して動かない。
 ドラモンド侯爵は鈴を見ると微笑んで、「座りなさい」と目の前のソファーを見た。
「し、失礼します」
 鈴が座る。
 ドラモンド侯爵は「ホムラも隣に座りなさい」と優しく言った。
 ホムラは「失礼します」と言って遠慮なく鈴の隣に座る。

「いよいよ。明日から旅だね。どうだい、心境は?」
 にっこりと笑ったドラモンド侯爵を見て、鈴は両手を挙げた。
「一つ、聞いておきたいことがあります…です」
「なんだい? 鈴」
 40歳を過ぎても未だ美しい顔立ちのドラモンド侯爵に鈴はドキドキしながら。
 ずっと胸にある、わだかまりを訊くことにした。

「どうして、私があのメンバーで旅をしなきゃいけないのですか?」