シナモンは手に持っていたバスケットから、パンらしきものと平べったい食べ物を出した。
 ランタンに火を灯してよく見れば、騎士団がよく持ち歩いている干し芋とカッチカチのパンだった。
 携帯食で使用されるパンと干し芋を見て、思わずツバキ団長が浮かんだ。
 きちんと、シナモンに旅について教育しているんだ…
 ドラモンド侯爵は天才って言われるけど。
 ツバキ団長だって同じくらいに天才だ。
 あの人は人を育てるのが上手だ。
「お茶もどうぞ」
 シナモンは高級そうなティーカップに紅茶であろう液体をポットから、なみなみと注いだ。
「ティーカップも持参してきたの?」
「まさか。こちらの台所からお借りしました」
 ふふっと笑うシナモンを見てると、この子は凄いなと感心してしまう。
 いただきますと言って。カッチカチのパンをガリガリと音をたてて食べる。
「凄いですわ。ミュゼ様。わたくし、このパン。お茶に浸さないとかたくて食べられないです」
「まあ、慣れだよ。慣れ」
 たいして美味しくはないけど、戦場では有難い食事だった…。

「シナモン。この旅についてきてくれてありがとね」
 ぽつりと言うと、シナモンが驚いた。
「そのような優しいお言葉…わたくしにはもったいないです」
「いやあ、だってさ。男ばっかで知り合いもいないのにフツーなら嫌でしょ」
「ミュゼ様は嫌なのですか?」
 まさか聞き返されるとは思わなかったので、「えっ」と声が裏返った。
「うーん。嫌かな。鈴様がいなけりゃ楽しいのにね」
「ホムラ様は大丈夫ということでしょうか?」
「ホムラさん無口じゃん。何考えてるかわからないけどさ。あの人、先輩だし。ジェイが言ってたけど、現役の頃は英雄だったらしいよ。私たちと同じで庶民の出らしいしさ」
「ふふふ」
 シナモンが口元を手で隠して笑ったので、「なんで笑うの?」と聞き返してしまう。
「ごめんなさい。知り合いと口調が似ているなと思いまして」
「シナモンの周りにいるんだ、私みたいな子」
「いるというより…いたというか…」
 過去形。
 それだけで、全身がびくんと震えあがる。
「ごめん、なんか…聴いちゃいけなかった?」
「いえ、凄く楽しい思い出ですので」
 シナモンはニコニコすると、ティーカップを持ってお茶を一口飲んだ。
「わたくしは、ミュゼ様が信頼できるお仲間と旅が出来るのを心から嬉しく思いますわ」
「仲間ねえ…。ジェイと白雪姫とは10年以上の付き合いだから、仲間以上に家族に近いのかもしれないねえ」
 と、口にしてしまったと気づいた。
 あんまり、シナモンに家族の話をしないほうが良かったんじゃ?
 シナモンは特に何も気にしていない様子だった。
「シナモンも、もう仲間でしょ」
「わたくしがですか?」
 また驚いた表情でシナモンがこっちを見る。
 あどけなさのある幼い表情。
 主人に酷い仕打ちを受けたせいなのか、人生経験積んだせいなのか。
 いつもは落ち着いているけど。
 やっぱり、年下なんだなと思う。
「シナモンは侍女にしては体力あるし、料理得意だし。空気だって読むし。私も、ジェイも白雪姫もシナモンのこと大好きだよ」
「そんな、勿体ないお言葉です」
 おろおろするシナモンに、どうしてこの子はこんなに低姿勢なのかわからなかった。
「わたくしは、ホムラ様の言う『民間人』であって、皆様の足を引っ張る存在かもしれないのに…」
「ああ、やっぱり気にしてたのか。ホムラさんも口悪いよね」
 昨日言っていたホムラさんの言葉。
「ですが、ホムラ様の言うことは事実に変わりありません。わたくしは体力はあるほうだと思いますが、騎士ではないので戦闘能力はありません」
「戦闘能力って、国内だよ? 戦争に行くわけじゃないんだし。それ言ったら、白雪姫なんて女の子ナンパしてるだけじゃん」
 シナモンは「そうですよね」と言って笑った。
 私も大笑いしてやった。

 こうやって、同性と仲良くお喋りするのは久しぶりだなあ。
 こんなに心地よく喋られるのはどうしてだろう。
 シナモンは安らぐ効果があるというか。
 どこか懐かしい気持ちになる。