私とジェイ、白雪姫は庶民の出身だ。
 騎士団は、実力主義の世界だと謳われているけど、
 実際、家柄が良ければ良いほど階級はすぐに上がることが出来る。

 ジェイは、実力一本でエースへとのし上がったから。
 鈴様のような横暴な態度のボンボンを見るとイライラが止まらない。
 世の中は、理不尽極まりない。
 頑張っても報われることはほぼ、ないに等しい。
 ああいうお坊ちゃんが苦労しないで、頂点に立ち見下しているなんて…

 町にあるホテルで一泊した後。
 2日目は、ドラモンド侯爵が指示した村へと向かう。
「あんな硬いベッドで寝たのは初めてだったぞ!」
 寝不足だとわめき散らす鈴様に、私とジェイは「くそくらえ」と呟いた。
 鈴様は、旅が始まってから、文句が止まらない。
「これは食べ物ではない。豚の餌だろ」
 から始まって、ギャーギャーワーワー。
 ただ、私達に言うのではない。
 ホムラさんにすべて文句を言うのだから、それがまだ救いだ。

 顔は…顔だけはいいくせに。
 どうして、あんなに残念な性格なのだろうか。
 文句があるなら、旅に出なきゃいいのに。

 関わりたくないので、私とジェイはアイコンタクトして「さっさと歩こう」と頷き合った。
 まあ、食べ物やホテルには文句しか言わない鈴様だけど。
 体力はあるお陰で旅は順調に進んでいく。
 驚くのは、シナモンだ。
 ホムラさんに「民間人」と言われ、カチンときたけど。
 普段、訓練を受けていないシナモンがこの旅に耐えられるのか心配な部分もあった。
 シナモンはけろっとした顔で一日中歩いているのだから、凄い。
「シナモンちゃん、疲れたら遠慮せずに言うんだよお」
 良いところを見せようとデレデレしていた白雪姫だったが、夕方になると。
 白雪姫のほうがバテていた。

 ドラモンド侯爵が指定した村に到着すると。
 手持ちの地図を眺めていた鈴様が、
「そういえば、ホムラの出身村はこの近くではないのか? 寄らなくてよいのか」
 一言。
 えっ…と私とジェイ、白雪姫の3人は顔を見合わせた。
 ここら一帯はスラム街だ。
 貧困にあえぎ、下手すりゃ道端に死体が転がっているような酷い場所。
 ホムラさんがここ出身なわけが…ない。
「違いますよ」
 一瞬だけイラッとした表情をすると。
 ホムラさんは鈴様から乱暴に地図を奪った。
「私の故郷はこっちです」
 と、此処とは違う場所を指さしたのが見えたので、
 これだからボンボンは…とげんなりした。
 部下の故郷さえろくに覚えていない。

「ミュゼ、シナモンさん。なるべく一人で出歩かないように。危ないからな」
 ジェイの一言がどんなに頼もしいことか。
「シナモンちゃんは、おいらが守るから、ミュゼはジェイにくっついてろ!」
「…うーん。白雪姫じゃ一発でやられるだろうね」
 左右の腰に身に着けている短剣を触った。
 長剣は重くて持ち歩けない私は、いざとなれば短剣で勝負しなければ…

 北部の侯爵の領地を抜けた途端にスラム街という、天国と地獄の境目。
 ドラモンド侯爵がすべての人間に愛されているわけじゃない。
 侯爵に反発した人間がここに集まって暮らしている。
 村に入ると、ガラの悪い男たちが目に入る。
「おねーさん、暇なら遊ぼうよ」
 何度、声をかけられたことか。
 声をかけられるたびにジェイが睨んで、時には相手を殴り飛ばして。
 ドラモンド侯爵の知人のお家で一晩、泊めてもらうことになっている。

 こんな治安の悪いところにどうして、一泊しなきゃいけないんだろうという落ち込みようと。
 貧困層の人達が暮らす村なのに、どうしてドラモンド侯爵の知人はこんなデカい屋敷で暮らしているのか…意味がわからない。
 鈴様は「久しぶりの綺麗な部屋だな」と大喜びしているけど。
 あんた、危機感なさすぎだな…そんでまだ2日目だぜ。

「部屋は提供するが、食事は自分たちでどうにかしてくれ」
 70代くらいのこの屋敷の主人は、通る声で言った。
 あんまり、歓迎されてないんだなというのはすぐにわかった。
「私、外出るの怖いから夕飯いいや」
 村の雰囲気にすっかりと怖気ついた私は、ため息をついた。
 村全体が酒臭いし、男の汗と匂いで充満している。
「わたくしも…ミュゼ様と部屋におります」
 シナモンが言った。
 私とシナモンは玄関でジェイ達を見送った。

 屋敷内は壁がピンク色に塗られ、さっきから目がチカチカする。
 あのジイさんの趣味だというならば、本気で趣味悪いなと思う。
 部屋に戻ってゴロゴロしていると、「失礼します」とシナモンが入ってきた。

「お腹すいてませんか?」