らんらんたるひとびと。~国内旅編~

 もう、ここから逃げ出したい。
 からからに乾いた喉が悲鳴をあげている。
 なんで、こんな子に気を遣わなきゃいけないんだろう。

 ちらりと白雪姫を見ると、白雪姫も「逃げたい」という目で頷いていた。
 傲慢で自分が一番だと思い込んでいる彼女は、
 一度「嫌い」だと思った相手は永遠と敵視する傾向がある。
 単純に、ジェイの(そば)にいる女性が気にくわないのだろう。
 …シナモンは、上手くかわせたようだけれど。

 白雪姫に、どうにかしてくれよと口パクで訴える。
 このままじゃ、私と白雪姫はずっと汚いもの扱いされる。

「そういえばさー、ミュゼと鈴ちゃんって婚約者同士なんだよー」

 話の流れを一切無視して、白雪姫が「ここが勝負」とばかりにぶっこんで来た。
 ホムラさんが茶碗片手に「何故、今それを言う?」という表情でこっちを見ている。
「こんやくしゃ…この女と四男坊が?」
 眉毛をピクピクと動かして、カハナが私と鈴様を交互に見た。
 鈴様は涼しい顔をして、「そうだ」と言い切った。
 ああ、お坊ちゃん。余計なことだけは言わないでくれ。
 もし、カハナに「疑似恋愛」ということがバレたら、とんでもないことが待ち受けているに違いない。
 ただでさえ、私は嫌われている存在だというのに。
「ふーん。本当か?」
「本当ですわ。今回は婚約の報告を兼ねて、鈴様とミュゼ様はご家族へ挨拶に行かれるのです」
 今度は、シナモンが涼しい顔をして、嘘をついた。
「…この女は、庶民だろ?」
 訝しい表情でカハナは私を睨んだ。
 まずい…と思ったが、絶対に顔には出してはいけない。
 私は、口を一文字にして、にっこりと微笑む。
「ふうん…そうか」
 と言って、カハナはじっと私を見る。
 まずい、まずい、まずい…
 何か言わなければと頭の中でぐるぐると何かを考えて、何か言わなきゃと口を開こうとすると、
「やはり、お前のような女はいつまでも、卑しいのだな」

 一同、顔面蒼白。

 12歳の女の子に「卑しい」と言われた私は怒りを通り越して血の気が引いた。
「卑しいというのは、どういう意味だ?」
 ジェイ、白雪姫、シナモン、ホムラさん、そして恐らく私が青い顔をしているのに対して。
 好奇心に満ちた顔で鈴様が言ったので、カハナは「アハハハ」と笑った。

「やはり、今度の男にも黙っているのか? やはり、卑しい女だ」
 私は黙って、汗のかいた両手をパーにする。
 カハナは、鈴様と同じように整った容姿をしている。
 意地悪な性格がなければ、本当に美少女と言ってもいいのに…。
「この女は前に付き合っていた男に黙って娼婦として働いていた。それが、男にバレて男に捨てられた。そうだろ?」
 どくん…どくん…と心臓が鳴り響く。
「まあっ」とシナモンが声を漏らして、慌てて口元を手でおさえた。
 渇いた喉が、きゅっと閉まる。
 手足が震えてくる。
 今すぐ立ち上がって、あの子を平手打ちしたい。
 そんな怒りと憎しみが、ぐつぐつと湧きおこる。