私は、無言で両手を挙げた。
 鈴様は、剣を首元から離してくれない。
「女性に剣を突きつけるとは、随分と非道ですね」
 言いたいことは沢山あるはずなのに、
 口から零れ出たのは、その一言だけだ。
 悪夢を見たせいなのか、
 投げやりな気持ちにしかなれない。
 ここで首をはねられても、
 もう、なんの感情すら湧いてこない。

 鈴様は黙っていたけど。
 すっと、首元から剣が離れた。
「おまえは、何者なのだ?」
 何者かと言われると。
 私を知らない人間からしてみれば、確かに「誰だ、おまえ」と言われても仕方ないかもしれない。
 ランタンを持ってきてしまったことを後悔して。
 ランタンの明かりを消した。
 それでも、月光でわずかに明るい。
 私はため息をついた。
「私の名前は、ミュゼ・キッシンジャー。父方の祖父が海外の人間のため、髪の毛は金髪、瞳は青で生まれました。今の姿が本当の私です」
「…そうか」
 鈴様の横顔は美しい。
 顔は良いくせに、私のこと殺そうとするとか…
 本当に怖い男だ。
「今の姿のままだと、生活に支障がでる。だから…普段のような…姿にしてもらったんです」
 こんな、おとぎ話みたいなこと信じてくれるはずない。
 嘘つけ…と言われ。
 剣で切りつけられるのかと思いきや。
「そうか」
 とだけ、言われた。
 さっきまでの殺意はどこへ行ったのだろう?

 薄暗い中、鈴様の横顔を眺める。
「おかしいとは、思わないのですか?」
「世の中とは、そういうものなのだろう? 悪かったな、女性なのに剣をつきつけて」
 剣を鞘におさめた鈴様は隣に座ってきた。
 なんでだよ…という思いがよぎる。
「鈴様はどうして、こちらへ?」
 さっきまで寝ていたのでは…と思ったけど。
 暗いとはいえ、何度見てもイケメンの鈴様はこっちを見た。
「そなたの侍女が、迎えに行ってほしいと」
「…いい加減、名前覚えてくださいね。侍女じゃなくて、シナモンです」
 やっぱり、そんな感じだと思った。
 あーあ、とため息が出る。
「鈴様は嫌じゃないんですか」
「嫌とは?」
 隣に座られて、胸がバクバクと痛む。
 何故、今頃になって緊張するんだろう。
「…なんというか、疑似恋愛とか。知らない人と結婚するとか…」
「ドラモンド侯爵の言うことに間違いはない。そなたこそ、嫌なのか?」
 思わず、「うっ」と自分の喉から声が出る。
「嫌じゃないですよ、任務ですもの」
 そう、任務だ。
 中身はすっかすかだけれど。
 外見はイケメンだから、まだマシなのだ。
 別に、鈴様は脳内が赤ちゃんだから、私に酷いことをしてくる…さっきしてきたけど。
 気配だってないし。
 楽なものだ。

「侍女…シナモン殿が夫婦というのは、なるべく一緒にいるものだと教えてくれた」
「へえ」
「私は、仕事で家を空けることが多いだろうからな。女は思い出を大事にすると聞いた」
「シナモンが色々と教えているんですね」
 いつのまに、シナモンは鈴様に手ほどきしたのだろうか。
 私だったら、面倒臭くて説明する気にもなれない。

 あーあ…と再び呟くと。
 頭をスカーフで巻いた。
「戻りましょう、シナモンが心配するので」