旅は折り返し地点に突入した。
 目的地のケリー侯爵家まで、あと半分。
 あっという間に一か月の月日が流れた。
 6人で旅をしてみて、何か変化が起きたかと聞かれると。
 …全くもって変化はない。
 とにかく必要以上に情報はばらさない。
 それは鉄則。
 だから、必要最低限しか鈴様とホムラさんとは話さないようにしている。
 交流を深めるために、旅をしているわけではない。
 時々、ほんとに何のための旅なんだろうと目的を忘れそうになる。

 ティルレット王国は、一部を除けば平和な国なわけで。
 女性が一人旅しても安全だっていうくらいなんだから、
 旅先で何か頻繁にアクシデントが起きるわけじゃないのだ。

 ドラモンド侯爵が指定した町や村に向かい。
 移動するときには、ただ黙々と。
 時にムードメーカーの白雪姫が冗談を言うけど。
 全員が無視をする…という図が出来上がっている。

「ミュゼ様…」
 小さな声で呼ばれ、振り返ると。
 テントからシナモンが出てきた。
 今夜は野宿。
 テントを2つ張って。
 片方には鈴様とホムラさんがいて。
 もう片方のテントには、白雪姫とジェイ、シナモンが寝ているはずだ。
「どうしたの? 白雪姫の鼾がうるさい?」
 シナモンがそっと微笑む。
 実際、鼾がうるさいのは、隣のテントで寝ているホムラさんなんだけど。

 焚き火を眺めていると。
 シナモンが隣に座った。
 ホテルに泊まるときは、ネグリジェ姿だけど。
 流石に野宿のときは動きやすい服装をしている。
「今夜は冷えますわね」
「そうだね、もうちょと火を強くしようか」
 私は近くに置いてある枝を手に取って火に投げ入れた。
 ぱちぱちという音。
 虫の鳴き声。
 この静かな夜が大好きだ。

 野宿の際は交代で見張りをするんだけれど。
 シナモンは民間人だからという理由で、見張りから外されている。
 多分、シナモンはそれを凄く気にしている。
 何も言わないけど、付き合ってくれているんだろうなという気がした。
 目の前の焚き火から目をそらしてシナモンを見ると。
 シナモンはじっと私を見ている。
 まっすぐな視線は、私を見ているのではなく。
 私に似た誰かを懐かしんでいるのだな…というのがすぐにわかる。

「そんなに、似てる?」

 思わず質問すると、シナモンは「え?」と声を漏らした。
 賢いシナモンはすぐに、私の言いたいことを感じ取って。
「すいません、失礼ですよね」
 と慌てて頭を下げた。

「いや、なんか不思議っていうかさ。私のような美人がほかにもいたってことでしょ」
 …しかも、その人は亡くなってしまった。
 すがるような目で見てくるシナモンは。
 いつだって後悔を滲ませている。
「シナモンは、どこか後悔しているように見えるなって。だから、ガン見してるんでしょ」
 私が言うと、シナモンは驚いて目を見開いていた。
「今だったら聴いてあげるよ。似てるってことは考え方も似てるかもしれないじゃない」
 何故か上から目線で言っているが。
 シナモンは絶対に怒らない。
 シナモンは唇を噛みしめると。
 私から目をそらした。
「わたくしが側にいて、幸せだったのか…と」
「うん?」
 シナモンは両手を膝の上に置いた。
「わたくしがあの方の侍女になった期間は凄く短い間でしたが…わたくしは凄く幸せでした。ですが、あの方にとってわたくしがお仕えして良かったのか…」
 シナモンは震えていた。
 私は口をぽかんと開けてしまった。
「そんなの、良かったに決まってるんじゃないの?」
 事情は知らないけど、呆れてしまう。
 この子は自分に厳しくて、何かに脅えて。
 責め続けている。
「事情は知らないけど、私だったら…シナモンが侍女だったら滅茶苦茶ハッピーだけどね」
 枝を火に投げ入れる。
 風向きが変わって煙がこっちに来たのでゲホゲホと咳き込む。
「やはり、ミュゼ様はお優しいですね」
「そお? 民間人だからかな?」
 と、よくわからない返しをしていると。
 テントのほうから誰かが出てきた。
 仏頂面のホムラさんが出てきたので「やべっ」と言ってしまう。

「ごめんなさい、うるさかったですか?」
 ホムラさんは黙って首を横に振った。
 …まあ、ホムラさんの鼾の方がうるさいんだけどね。