人が死ぬ瞬間を目の前で見てしまったシナモンは数日、元気がなかった。
 白雪姫の入院もあったし。
 念のため、その町には5日ほど過ごした。
 貴族の女性が亡くなったというのに、この町のどこにも。
 噂話なんて聞こえてこないし、新聞にも掲載されていない。
 裏でドラモンド侯爵が動いているのを肌で感じた。

「迷惑してたんだとよ」
 池に向かって、ジェイが石を投げた。
 ぽちゃっと音がする。

 滞在している間、することがないので。
 私とジェイは散歩をしていた。
 この町は穏やかで、人々が親切だから過ごしやすい。
 白雪姫が入院する病院の近くには庭園があって。
 池の前で私とジェイはお喋りしていた。

「ゴディファー家の人間だったあのオバサンは色々と問題起こしていたらしい」
 ジェイも気になったのか、すぐに調べてくれたらしい。
 情報収取は白雪姫が得意なんだけれど。
 入院中なので、ジェイがそそくさと動いて調べてくれたのだ。
「あのお坊ちゃんはわざと捕まって、あのオバサンを殺害する機会を狙ってたってことか」
 膝を抱えて言うと。
 ジェイは「どうだろうな」と空を見上げた。
「ゴディファー家といえば、あのボンボンの結婚相手だもんな。貸しを作りたかったんだろうな」
 結婚相手…という言葉にぴくりと反応してしまう。
 いつだったか、シナモンと会話した結婚の話を思い出しそうで嫌な気持ちになる。

「あの坊ちゃんとホムラさんが何しようと自由だけれど、シナモンさんにはキツいだろう」
 侍女であるシナモンには、あの光景は地獄に違いなかった。
 私たちは、当たり前になってしまう光景だけれど。
 シナモンは騎士じゃない、フツーの女の子だ。
 配慮が足りなかった。

「フツーがわかんなくなるね。どう考えても配慮が足りない…」
 ふうとため息をついた。
 白雪姫の腰痛といい、シナモンといい。
 相手を思いやる気持ちが私には一切ない。

 自己嫌悪したら、ボコボコと気持ちはどんどんと沈んでいって。
 きっと、私は誰かと対面して話すことを拒み、部屋から一歩も出なくなってしまう。
「ジェイはさ、この旅。うんざりしないの?」
 ジェイを真似して近くにあった小石を手に取った。
 芝生の上で膝を抱えて座る私と、寝っ転がっているジェイを見たら。
 カップルのように見えるのだろうか。
「うんざりはしない。こんな楽な仕事はない」
 ふにゃっと笑ったジェイに、変わらないなと少しだけ安心する。
「ミュゼこそ、白雪姫にイライラしてんじゃねーのか?」
「うーん。まあ、そこそこイライラはするけど、アイツはやっぱり面白いからね。ずっと一緒にいるとウザいけど、楽しいよ」
「俺らも年取るわけだなあ~」
 まだ20歳。
 されど20歳。
 もう10年経つのか…。
 横で寝っ転がっているジェイが美男子だという話を思い出して、笑いがこみあげてきた。

「なあ、ミュゼ。1つ聞いていいか」
 上半身を起こして、ジェイが真剣な表情で言った。
 こういう時のジェイの話はロクな話ではない。
 私は目をそらすと、「えいっ」と小石を池に投げてやった。

「あの貴族の屋敷に乗り込んだ時、おまえ髪の毛長かったな」
「ああ、カツラ」
「暗かったけど、おまえの目…青だったよな」
「…ああ、海外から取り寄せたカラーコンタクトってやつ。ジェイ、知らないっしょ? 瞳の色変えられるんだよ」
 ジェイはじっとこっちを見る。
 私はすぐに顔に出てしまうから、嘘をつくのはバレている…。

「出会った頃のミュゼを思い出すな。おまえはクラスで一番、背が高くてガッチリしていて。ティルレット人じゃないから、言葉通じねえだろうなって思ったもんなあ」
「…残念ながらティルレット人ですけどね」
 口を尖らせて言う。
「そのおまえが、一週間も経たないうちに、髪の毛の色が変わって瞳の色も茶色になってた。あの時、言ったよな。『魔法使いに変えてもらった』って」
「よく覚えてるね。ジェイの記憶力には脱帽だよ」
 声が少し震える。
 私はきっと、この先も。
 世間の目をごまかして生きていく。

 父方の祖父が海外の人間だった私は、もろに隔世遺伝で。
 金髪碧眼で生まれてきた。
 ティルレット人は茶髪、茶色い瞳、色白の細い身体が特徴。
 海外の人間の移住者が増えてきたとはいえ。
 あまりにも目立ちすぎる見た目だった。

 目立ちたくないから、坊主にしたというも理由にあったのかな。
 入学してすぐに私は魔法をかけてもらった。
「噂を耳にした」
「噂?」
「魔法に関するうわさ…」
 ジェイが口に出そうとした時、
 遠くから「ミュゼ様~、ジェイ様」という呼び声がした。

「おー、シナモン!」
 私はシナモンに向かって両手をぶんぶんと振った。