国家騎士団頭脳班本部である本館は、がらんとして人の気配が少ない。
 特に団長室がある2階は誰もいない。
 どこか暗いし、歩いているだけでなんだか、もやあとした暗い気持ちになってくる。

 はじめて此処に来る人間は絶対に迷子になる。
 私自身、入団した頃。迷って泣いたから。
 あえて、迷路のような作りにしてあるそうだけれど。
 まったくもう…。
 門前には既に来客の姿があった。
 門番が緊張した表情を浮かべ、私を見てほっとしている。
 うん、相手が相手だもんね。
「すいません、お待たせしました」
 営業スマイルを向けると、目の前にいた3名はこっちに向かって軽くお辞儀をしてくれる。
 3ヵ月ぶりに会うドラモンド侯爵は、イケオジに変わりない。
 きちんと整えたオールバックの髪型、美形のお顔。
 長身に、北部のイメージカラーである全身白のユニホーム。
 赤いマントを見ていると、血を連想してしまうのは何故か…

 ドラモンド侯爵の隣には、ぼぉーとまるで恋している相手を眺めるかのように鈴様が、侯爵の顔を眺めている。
 鈴様の後ろでは、仏頂面のホムラさんが立っていて、ホムラさんは目立たないようにするためなのか、黒いマントで身体を覆っている。
 国家騎士団の制服は真っ黒なので、この3人は遠目から見ても目立つ。
 その上、ドラモンド侯爵が帰ってきたとなれば、大騒ぎになりそうだ。

 改めて見ると、この人達。偉い人なんだなと実感する。
「あの、3人だけですか?」
 もしかしたら、ゼンっていう男がいるのではないかと身構える。
「ああ、流石に大勢で来るわけにもいかないからね。他の部下たちは町で待機させてるよ」
 ドラモンド侯爵の言葉に「ああ、そうですよね」と頷いた。

 ドラモンド侯爵たちを門内に招き入れると、
 ドラモンド侯爵は私を見て、「久しぶりだね」と微笑んだ。
「子爵令嬢の時の君も良かったけど、騎士団姿の君も似合うね」
「ありがとうございます。アハハ」
 3ヵ月前は、カツラを被ってドレスアップしていたので、分からないかと思ったけど。
 流石にドラモンド侯爵は私だという事に気づいた。
 素の私は、化粧っ気のない顔に。
 髪型はショートボブだ。
「鈴様もホムラ様も、遠路はるばるお越しいただきありがとうございます」
 私が挨拶をすると、ホムラさんは仏頂面のまま軽く頭を下げて「お久しぶりです」とぼそぼそと言った。
 鈴様は、きょとんとした表情で「誰だ、おまえは」という顔でこっちを見てくる。
 うん、黙っていればイケメンだ。
「ご案内いたします」
 私はドラモンド侯爵と並んで歩き出して、
 私の後ろに鈴様とホムラ様が並んで歩いている。

「おい、ホムラ。あの女、前に会っているのか?」
 鈴様は大声で、私に聞こえるように言い放った。
「花嫁候補だったご令嬢です」
「ご令嬢だあ? あんな髪の短い女いなかったろー」
 …聞こえてるんですけど。
 あの女(・・・)じゃありませんけど。

 後ろでの会話にピキピキと怒りを秘めながら歩く。
 ホムラさんが「ツバキ団長の姪、エアー子爵令嬢です」と言うと。
 足音が止まる。
 私とドラモンド侯爵が振り返ると、鈴様が「はああああ」と大声をあげて私に向けて指さしてきた。
「ご令嬢が国家騎士団にいるわけなかろうが」
 わめき散らす鈴様に、あー面倒臭いと思っていると。
「鈴、人に向かって指をさすのはやめなさい」
 ドラモンド侯爵に注意されて、鈴様はぐぅぅと言って黙り込んだ。

 このお坊ちゃんが、将来ドラモンド侯爵家を継ぐのかと思うと大変だなあ…。
 あの女呼ばわりされたことを根に持ちつつも、2階へ上がって目的の部屋に辿り着いた。
 ドアをノックすると返事があったので、中へ入ってお客様をお連れしましたと告げる。
「久しぶりだね、ツバキ」
「ああ、スワン」
 中へ入ったドラモンド侯爵はすぐにツバキ団長と握手をした。
「連絡があったときは、ビックリしたよ。遠かっただろ、中央部まで」
 どこか嬉しそうなツバキ団長に、良かったねえ…と思いながら。
「失礼します」と言って、部屋を出る…

「あ、おい。ミュゼ。おまえはここに居なさい」

 ツバキ団長が手招きしてくる。
「え、お茶を持ってこないと」
「お茶は他の者が持ってくるから、おまえは私の隣に座りなさい」

 …嫌な予感がした。