「ドラモンド侯爵のご子息、鈴殿の結婚相手が正式に東部のアームストロング侯爵令嬢、アスカ様に決定した」


 上司であるツバキ団長に言われた時。
 私は力なく「そうですか」と返事した。

 アスカ令嬢の名前を聴いても、怒りも悲しみも湧いてこなかった。
 ただただ、そんなご令嬢いたっけ。そんな感じ。
 3ヵ月前に行われた北部ドラモンド侯爵家の花嫁選抜大会というふざけた大会は、いつのまにか過去の記憶となり淡々と一日を過ごしている。

 だいたい、国家騎士団があれごときで落ち込んでいたら任務になんて務まるわけがない。
 同期であるジェイなんて日々、生と死の巡り合わせで身体を張って任務に当たっているというのに…

 この私、ミュゼ・キッシンジャーはティルレット王国中央部の庶民出身。
 9歳のときに、騎士団学校に入るべく、
 丸刈りにしなくてもいいのに勝手に騎士団(イコール)坊主にしなきゃと思い込み、
 長かった髪の毛を坊主にして騎士団学校に入学したところ、
 何故か男だと間違われ。
 少年騎士団学校の3年間は男として扱われ厳しい訓練に耐え抜いてきた。
 青年騎士団学校では流石に先生方に女だと認識されてはいたけど、相変わらずの坊主頭で背が高く体格も良く、何よりも白雪姫という同期が近くにいたせいか。
 同級生には男と間違われていた。

 残念ながら、私は騎士団としての才能がなかったようで。
 成績はいつも真ん中。
 良くも悪くもないまま卒業をして。
 配属先は、頭脳班の事務職だった。
 国家騎士団は大きく言うと、肉体班と頭脳班の2つに分かれていて。
 出来るものならば、肉体班に行きたいところだったけど。
 それでも、国家騎士団に配属されるだけ良かったと思うことにした。

 今となれば、本当に事務職で良かったと思っている。
 国家騎士団に配属されて2年後、大きな戦争があった。
 そこで、私は騎士としての致命的な怪我をして国家騎士団を辞める決意をした。
 …したはずなんだけれど。
 騎士団は極端に女性が少なくて、若い女性が辞められたら困るらしいのか。
 辞表を提出したのにも関わらず、上司であるツバキ団長にのらりくらりとかわされたまま、月日は流れていった。
 国家騎士団に籍はあるものの、私は全国を巡りながら礼拝堂でピアノを弾く旅に出ていた。その間、ちょいちょい任務を頼まれれば内容次第でやってあげていたけど。

 花嫁選抜大会が終われば、また旅が出来るのかと思っていた。
 それが、今回は任務失敗だとツバキ団長に言われ。
 後処理をせよ…ツバキ団長の一言で、反撃することも出来ずに3ヵ月間、地道に事務処理を行ってきた。
 テキトーに働いてお金を稼いだら、また旅に出よう。
 人手不足なら良い加減、人を雇いなさいよ…と心の中で文句を言いながらも。
 いつしか、ドラモンド侯爵のことは本当に過去の出来事になっていたのだ。

 同期のジェイは、几帳面な男で報告書をきちんと作成してツバキ団長に提出して。
 元の配属先に戻って行った。
 同期の白雪姫は、「お金使いすぎ」とツバキ団長にやんわりと怒られたけど、北部で得た情報量の多さにツバキ団長は舌を巻いていた。
 一見、白雪姫は小柄で女々しいところがあるけれど、馬鹿ではない。一度見た人間の顔は一回で覚えるし、人の懐に入るのが上手い。変態だけれど、女の子とすぐに仲良くなれる特技がある。

 侍女として一緒に同行してくれたシナモンって子は、「ちゃんと自分からツバキ様にゼンという男について説明します」と強く言った。
 今はまた、ツバキ団長のご自宅で侍女として働いている。

 シナモンと同じ一族だというゼンという男は。
 もとは、中央部の名門であるスペンサー家に支える召使いの家系の人間だった。
 シナモンの話によると、不祥事を起こして一族から離脱。
 気づいたら、ドラモンド侯爵の部下になっていたそうだ。

 あの男の態度、あの男の言葉。
 思い出せと言われたら、すっごく腹が立ってくる。
 絶対におかしい。
 あんなに可愛いシナモンを馬鹿にして。
 何がしたいんだろ…。

「そろそろ時間だ。ミュゼ、迎えに行ってくれるかな」
「はい、行ってきます」
 ツバキ団長に声をかけられ、立ち上がる。
 今日は大事なお客様が来る。
 …私からすれば、別に大事でもなんでもないんだけれど。