私とワタシ

そこからは私なりに頑張ったつもり。
いじめっ子たちに対しても黙ってばかりではなく返答をしたし、声をかけてくれたクラスメイトにもしっかり言葉を発したし、母から言葉の虐待を受けていることを児童相談所に連絡をした。
数週間かけて、自分にできることを続けていたらリョーちゃんの言う通りに少しずつ変わってきた気がする。
今では、死にたいという感情はなくなり、安心して生活が送れるようになった。
学校でも、いじめっ子からのいじめは減り、友達と呼べる人もいる。
どれもこれも、リョーちゃんのおかげだ。
私は、せめてお礼だけでも言わなくちゃと思い、久しぶりに深夜の学校に忍び込む。

「……ということが最近あったことです。」
『え!すごいじゃん!!偉いよ〜!築紫!!』

リョーちゃんは鏡の中で嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねる。

「うん、でもこれは全部……リョーちゃんのおかげです。リョーちゃんが背中を押してくれたから、私はこうして前も向けたし、今の生活が楽しくなりました。今はもう、死にたいなんて気持ち、なくなりました。」
『よかった……!相談役として上手く立ち回れてたってことでいいんだよね?!』
「もちろん!大切な相談役で、大切なお友達です!」

リョーちゃんは安堵したかのように笑うと、鏡越しに手を差し出した。
私はつられるように鏡の近くまで手を伸ばし、握手を試みようとする。
だけど、次の瞬間。
視界が、暗くなり、視点が、変わる。
目の前にいるのは私だけど、私じゃない。
それに、何か違和感。
後ろを振り返るとそこにはーーーー。

「なに、これ……」

山積みの死体があった。
腐敗して顔が全くないものもあれば、まだ綺麗な状態のものもあったけれど、分かるのは生きている人はいないということ。

『……アンタ、本当に大馬鹿者だね!あははははは!面白い〜!面白すぎる!!』

急に大声で笑い出すリョーちゃん。
私は突然のことに驚き、口をぽかんと開けたままなにも言葉が出てこない。

『ありがとう〜!住みやすい環境を用意してくれて!』
「え、何言って……」
『あはは、アンタのその顔、面白いよ。何が起きてるのって理解が追いついてない顔してる。いいよ、説明してあげよっか。』

私の顔をしたワタシが蔑んだような目で私を見下ろしながら話を始める。

『ねぇ、アンタはさ、リョキってワタシのことを呼んでたけど、カタカナ表記じゃなくて漢字の名前があるんだよね。なんて書くか知ってる?』
「し、知らないです……」
『あはは!だよね、じゃなきゃここまで気付かないよねぇ。てか、漢字で書いても気付かなさそう。』

どこからか出した紙にワタシはサラサラと文字を書く。そこに書かれていたのは……。

「【虜犠】?」
『確かに、リョキって読めるよね。でもこれってそう読まないんだよね。なんて読むかわかる?』
「分からないです……」
『あはっ!だよね。じゃあさ、名前聞いたらピンとくるかなぁ。ピンときたらすごいなぁ。ワタシの正しい名前の読み方、それはね……












ロキ、だよ。』


その名前を聞いた瞬間、背筋が凍る。
ワタシはニヤニヤと笑ったまま、私の反応を楽しんでいるようだった。

「ロキ……?」
『その顔、知ってるみたいだね。ワタシはこうやって、ウワサを仕立て上げて死にたがっている子に一時的な希望を与えた後、絶望に突き落とすのが大好きなんだぁ!アンタのその何も信じれないって表情最高!』
「なん、で……友達じゃないんですか……?」
『友達?なにそれ、絶望させるための糊塗に過ぎないよ?ワタシと友達とか本気で思ってたの?だとしたら最高傑作だよ!あはははは!!』

馬鹿にしたような話し方も
軽蔑しているようなその目も
終始楽しそうな口元も
全部、全部全部全部ーーーーー。

「……本当に最低最悪な悪神、ですね。」
『あはは!褒め言葉として受け取っておくね?というか、体ありがとうね。アンタみたいな体を私は探し求めてたんだよね。』

そう言い残し、鏡の外へ飛び出すロキ。
ワタシは必死に後を追いかけて、続けて外へ出ようとするも何か見えない壁に激突し、出ることができない。

「あははっ!体ってこんな感じなんだ!これから私が、笹竹筑紫……!」
『ねぇ、これなに……?ワタシはどうなるの?』
「え?その死体まみれの暗い暗ーい場所で息絶えるだけだよ?」
『なんで、ワタシなの?!こんなに山積みの死体があるってことは、ワタシ以外にもたくさんの人があなたに逢いに来たんでしょう?!』

ロキは、楽しそうに口元を緩ませる。

「アンタはさ、都市伝説がどうしてあるか分かる?」
『え?』
「都市伝説って結局は誰かの作り上げたシナリオで、それが多くの人にウワサされることによって、現実になるんだ。私のウワサは数百年をかけて形を少しずつ変えながら、現代の都市伝説になった。」

意気揚々と語るロキはワタシの体をペタペタと触ったり、手を動かしたりしながら、じっくりと吟味している。

『では、先程の質問を繰り返させてください。なぜワタシだったんですか?』
「ああ、話が逸れちゃってたねごめんごめん。つまり、この数百年間、私は鏡の中でしか生活をしていなかった。呪文を唱えた人間たちの魂をただ食べ続けて過ごしていたんだ。でも、それは出たくないから外に出なかったんじゃない。【適合者】と巡り合えなかったんだ。」
『適合者…?』
「そ。絶望を乗り越えて、生活を変えるほどの能力がある人が私にとっての適合者。外の世界に出るには、いい環境を作り出してもらわなきゃだからね。そう!アンタは私に体をくれるために産まれてきたんだよ!よかったね、生きていた意味があったじゃん!」

ワタシは拳を強く強く握る。
冗談じゃない、誰がこんな悪神なんかのために産まれてきたんだ。
下唇を噛み、ロキの目をキッと睨む。

「おー!怖い怖い。そんなに睨まないでよ。まぁ、これで外の世界にも出られたわけだし、たくさんの美味しそうな人間の魂食べちゃおーっと!今までは死にたがりの萎れかけの魂しか食べられなかったからねぇ。」
『だったら、ワタシの魂も食べればいいじゃない!今は前より美味しい状態なんでしょ?!どうしてこんなところに放置するの?!』
「ん?私の体の提供をしてくれたわけだから、お礼に生きさせてあげてるんだよ?だって、【生きたい】んでしょ?」

クスリと笑う私の顔が、憎らしい。
怒り任せに見えない壁を何度も何度も、強く叩く。

『……返して!私の体を返して!!早く早く早く返して!返して!!!』

叫びに近い、そんな声でロキへ問いかけるがとても面倒くさそうな顔をした。

「うるさっ。アンタは私に踊らされてただけだって、さっさと気付きなよ。もう話も終わったし行くね?せいぜいそこでも苦しんで。……じゃあね、ワタシ。」