ピポピポピッポーン! と、急ぎすぎですねと言いたくなるようなインターホンの連打に、誰が尋ねてきたのか大体想像がつきました。しかし土曜日の午後八時という中途半端な時間です。今から何の用事でしょうかと不思議に思っていると、さらにヒートアップしたチャイムの音が鳴り響きました。

 生憎と家にはインターホンにカメラもマイクもついてはいませんので、そのまま玄関へと向かいます。そうして最近少し建付けが悪くなったかなと思っている玄関の扉に手をかけた瞬間、暗い夜道を背景に、息を真っ白に吐き出している雫さんとばっちり目が合いました。

「クリスマス会をするわよ、きらら」

 決定事項のように言われました。相変わらず唐突なのが雫さんらしいと言えばいえるのですが、はて?今日、雫さんは下弦さんとデートではなかったのでしょうか?

「でえとぉー? っは、何それ」

 いえいえ、ごまかしても無駄ですよ。金曜日にあれだけ私の前で二人、いちゃいちゃしながら楽しそうに話していましたよね。私の言いたいことをわかっていながらも、それをきっちり無視されて、リビングへと入っていく雫さんです。

「あ、雫ちゃん! いらっしゃーい」
「きらら、お邪魔するわよ」

 私とはあれだけ色々とあってから、ようやく名前を呼びあうお友だちになれたというのに、雫さんときららちゃんは紹介したその日からあっという間に慣れ親しんでいます。

 なんでしょうか、少し嫉妬しちゃいますね。

 でもそれを部活の時に湖月さんにお話したら逆に、俺が隣にいるのに他の子に嫉妬するの?と言われて皆さんの前でぎゅっと抱きしめられてしまいました。しばらく拗ねてしまわれ、大変恥ずかしい思いをしたので、その話は二度と口にしないことにします。そもそも、自分の家族と友だちの仲がいいということは良いことですものね。

「それで、クリスマス会とは一体どういうことでしょうか?」
「そのまんまよ。ケーキ食べて、チキン食べて、プレゼント交換するの」
「……確かにそのままですね」

 私のイメージするクリスマス会そのものでした。

 けれども私の記憶が確かならば、雫さんは今年のクリスマスイブは、恋人の下弦さんと一緒に過ごされると言っていたと思うのですが?

 あと、申し訳ありませんが、私の方も、その……湖月さんと約束がありまして、ですね……

「流石にイブにやろうだなんて思ってないわよ。終業式の日、23日にするから」
「ああ、そうですか」

 少しホッとしました。でも23日といえば、もう明後日ですね。まあ私が考えるようなクリスマス会ならば、準備もなんとかなるでしょう。
 でも突然どういったことでしょうか? ちらりと上目でうかがうと、雫さんは憮然とした表情で語り始めました。

「見解の相違ってヤツね。大体、朧くんにはいまいち庶民ベースのイベントってのがわからないのよっ。もうね、正装してパーティーの連続に飽き飽きなのぉ!」

 はー……、確かに湖月さんや下弦さんといった上流のお家の方々は、未成年とはいっても社交のお付き合いが必須なようで、私も湖月さんと一緒にパーティーに参加することもあります。大変美しく洗練された場でのそれは確かに堅苦しいもので、前世を思わせるものですからあまり出ていきたくはないのですが、そこはやはり大好きな人とそのお家の方と上手にやっていきたいという思いもありますので現世庶民の私ですが頑張っています。

 しかしそんなことをいっていますが、雫さんは大きな会社の社長令嬢、充分にお嬢様育ちなのです。庶民生まれの私とはほど遠くパーティーには慣れていると思うのですが、どうでしょう?

「言っとくけどねえ、私のお母さんは未だにバリバリの庶民感覚だし、私だって前世じゃあ庶民中のド庶民よ! あんたみたいに根っこがお貴族様とは違うんだからねっ」

 庶民生まれを全否定されてしまいました。余程ストレスが溜まっているのでしょう、随分と息も荒いようですので、ここはできるだけ望み通りにして息抜きをさせてあげた方がいいと思います。なんといっても、私の一番のお友だちですものね。
それでは、と早速口にしようとしたところ、やっぱり台詞を取られてしまいました。

「じゃ、雫ちゃん。家でやる? クリスマス会」
「お、いいの? やるやるー!」
「23日から25日はお父さん出張だし、お母さんも遅番で夜遅いからちょうどいいよ。あ、っと、はる兄もその日は高校の推薦面接日だから、いないじゃん」

 壁にかかったカレンダーをチェックしながら、きららちゃんが楽しそうに予定を並べていきます。雫さんもそれに呼応するようにふんふんと頷いて、じゃあさ、と続けて言いました。

「それならクリスマス女子会ってことで、女だけで楽しむわよ! 男子禁制ね、うらら、きららっ!」
「いえーい! お姉ちゃんケーキ作ってね。私、飾りつけするー」
「私は料理持ってくるかー。あ、プレゼント交換は気持ちだから何でもいいわ、特にきらら、お金かけなくていいからね。さー、そうと決まれば早速準備しなきゃ。じゃあ、またね!」

 そう私の口を一切挟む間もなく一気に捲し立てられ上げ、あっという間に雫さんは去って行きました。
 恋人ができて少しは落ち着くのかとも思いましたが、雫さんは相変わらずです。でも元気があるのはいいことですし、何よりお友だち同士でのクリスマス会には私も憧れがありました。ケーキを作るのも久しぶりですので、明日には材料も買ってきましょう。あら、なんだかとてもウキウキしてきます。そうして明日の予定をたてながら、もう一杯と紅茶を淹れなおすことにしました。


「は?」
「だからー、今日はうららのところでクリスマス女子会だから、じゃあね」
「え、ちょっ……何、聞いてないんだけど、雫」
「今言った」

 それはそれはつれなく、デレもなく、雫さんは下弦さんへと向かい言い捨てます。
 私たち三人は同じクラスですので、わざわざ会おうと思わなくても教室で顔を合わせることになるわけです。どうも、土曜日に雫さんを怒らせたという自覚のある朧さんは、今日なんとしてでも機嫌を直してもらおうと意気込んでこられたようですが、あっさりと切り捨てられてしまいました。
 ちらりとこちらを窺ってこられましたが、私のせいじゃないです。
 ちなみに私はこのクリスマス女子会のことは、すでに湖月さんに連絡済みです。なんと例のあの儀式後に私もスマホデビューをしたのですが、そのスマホでメンバーが私と雫さんときららちゃんだと伝えると、「楽しんでね」と、それは気持ちよく言っていただけましたよ。

 金曜日の夜から、今日まで湖月さんは月詠家のリゾート事業の為に、望月さんと一緒に北海道へ行ってらっしゃいます。その為、久しぶりに離ればなれの週末となりましたが、電話は毎日していましたのでその時にお話ししたのです。
 そんな訳ですから下弦さん、こちらへ向かいすがるような視線を向けられても非常に困ります。

「いいじゃない、明日はちゃんと約束通り朧くんとこのパーティーに顔を出すんだから、今日くらいは好きに遊ばせなさいよ!」

 それでも食い下がる下弦さんにとうとうキレた雫さんが、最後通牒を突きつけ私の腕を取ります。ああ、どうやら二人で過ごすはずのイブに、無理矢理お家からパーティーを入れられたのが雫さんの癇に障ったようなのですね。これは雫さんの気持ちもわかりますが、流石に下弦さんも可哀想な気がします。
 色々とやりたい放題の湖月さんでも、最低限すべきお家のお付き合いなどは眉間に皺を深めつつもなんとかこなしています。今回の北海道行きもその一つでしたが、これからも何度かそういったことはあるでしょう。その都度お話をしていって、相互理解を深めていけばいいのですが、やはり今回はお付き合いしてから初めてのクリスマスということですし、このまま嫌な気分でイブを迎えるのもつまらないですよね。

 ですから、雫さんが席を離れた時に、彼女には内緒ということで下弦さんに一つ提案をさせていただきました。
 私の話を聞くや、大きく目を見張ると少しだけ考えるような顔をして、「うん」と小さく頷きます。ご本人にその気があれば、まあなんとかなるでしょう。それでは私も家に帰り次第クリスマス女子会の準備を頑張りましょう。金曜日に終業式を終えたきららちゃんは、朝からすでに飾り付けをしながら待っています。


「イエーイ! ハッピーメリークリスマース!」
「メリクリー!」
「メリークリスマス」

 パン、パン、パンッ、とクラッカーの音が自宅のリビングに鳴り響きます。きららちゃんが頑張って飾り付けたという高さ五十センチのクリスマスツリーが窓際に置かれ、折り紙で作った赤と緑、金と銀輪っかの飾りがリビングの壁や天井からぶら下がっていました。これはクリスマス会というよりもお誕生会のようにも思えましたが、雫さんには妙に大うけしていました。
 私の手作りケーキはイチゴのあまりの高さに躊躇した為、缶詰のフルーツ仕様でデコレーションが少し歪み、雫さん手製のチキンはなんと中華味の唐揚げ。クリスマスとは? と、思わず少し考えてしまいましたが、美味しければいいよねとの満場一致でクリスマス女子会はスタートいたしました。

 ちょこちょこと唐揚げやサラダを食べながら、最近観たドラマやら読んだライトノベル、遊んだ乙女ゲームについてなど感想を入れつつ話しました。これについては、自分でオタクだと宣言するきららちゃんと前世でやりこんだ雫さんの間に入っていくのは私には無理そうです。

「前世で入院してた病院のクリスマス会を思い出すわ。あれはあれで楽しかったけど、やっぱり友だちと一緒のクリスマス会は格別よね」

 そう言って笑う雫さんはとても楽しそうですが、ほんの少し物足りなさそうです。わかっていたことですけど、下弦さんが気になっているのでしょう。本当に、気が強くて意地っ張りですが、とても可愛いところのある私の大事なお友だちですから。
 そうして、そろそろケーキを切り分けましょうかというところでインターホンが一つピンポーンと来客を教えます。