「やっぱり好感度ってのは、イベントをこなさないと上がりにくいと思うのよ」

 ええ……と、これは、はいと答えるべきなのでしょうが、あまり答えたくはありません。

「思うわよね!天道うららっ!?」
「……はい」

 勢いに負けてしまい答えてしまいましたが、この先は断固として断りたいと思います。ぐっと手のひらを握り、おなかに力を込めましたが、有朋さんはあっさりと司会の方に向かい挙手しました。

「じゃあ、はい! 私と天道さんはウェイトレスやりますから」

 えええええ、なんでそうなるのですかっ!?


 来る学園祭、私たちのクラスの出し物は、レトロ喫茶と決まりました。大正、昭和時代のカフェーをイメージした喫茶で、女子生徒は矢柄の着物にふりふりエプロンの女給さん、男子生徒は白のノーカラーシャツに黒のギャルソンエプロンの給仕さんとして接待するそうです。
 けれども、そこは名家の子息子女の集まる聖デリア学園ですから、給仕仕事に抵抗がある方が多いようで、特に女子の皆さんは参加に戸惑いを感じているようでした。
 目立つことが苦手な私も、出来ればキッチンスタッフの仕事をしたかったのですが、有朋さんに押しきられた形になってしまいました。

「学園祭は何か、その……攻略対象者の皆さんとのイベントがあるのでしょうか?」

 張り切る有朋さんに、周りの皆さんには聞こえないようにと、こっそりと尋ねてみます。もしそうなのだとしたら、絶対に引いてはもらえないでしょう。

「ううん。とりあえず学園祭は、ランダムで出会って、可愛いとか言ってもらって、ちょこちょこ好感度を上げてくだけね。特にスチルはなかったかなー」
「では、特に目立つことはしなくても大丈夫では?」

 淡い期待を胸に、確認します。

「は? 好感度上げなきゃいけないのに、何言ってんのよ!だからこそ、目立つことしなきゃ意味がないじゃない」

 いえ、その目立つことをしたくないのですよ。

 司会のクラス委員の方から、早速「ありがとう、なり手が少ないから助かった」と感謝の言葉をいただきましては、もう断るに断れません。
 うーん、と頭を抱えていると、少し離れた席から、あまり好意的でない声が聞こえました。

「流石は外部生ですわね。私には人前で給仕などとてもとても出来ませんわ」

 クラスメイトの青山さんがそう言われると、有朋さんが臨戦態勢に入ります。

「あら? 別に私もしたことはありませんわ。けれども学園祭ですから、特別ですよ。ねえ、皆さんも積極的に協力しませんとね」

 おお、素晴らしい切り返しでした。その有朋さんの言葉に、他の皆さんも、確かにそうですねと小さいながらも賛同の声が聞こえ始めます。

「じゃあ僕もウエイターをやるよ。折角の学園祭だから楽しまないと」

 そこに笑顔の下弦さんの参加表明がだめ押しとなり、どんどんと役割分担が決まっていきました。件の青山さんですら、紅茶くらいなら淹れられますと言い出したのですから、キラキラ様御一行の皆さんの御威光とは素晴らしいものですね。
 けれども、本当は私も隅っこで紅茶を淹れていたかったですと、少し残念に思いました。


「いらっしゃいませ」

 教室のドアに付けたアンティークのドアベルが、澄んだ音を立て、来客をお知らせします。
 聖デリア学園高等部と中等部の学園祭は六月最初の土日に開催されるのですが、一日目は幼稚舎から大学までの本学生と、保護者、及び招待客のみしか入場できないそうです。そのせいか、いつもよりは賑やかではあるものの、そこはかとなく落ち着いた雰囲気の学園祭となっています。

「へえー、結構感じよくできてんじゃん」
「ええ、随分いいアンティークテーブルを用意しましたね」
「カフェなら内装よりもメニューが大事だろう? そこのウエイター、早く持ってこい」

 けれどもやはり学園祭という解放感からか、煌びやかな皆さんがまとまって入店されると、いつも以上の黄色い声が遠慮なくきゃあきゃあと飛び交います。

「うるっさいなあ。君ら、もうちょっと静かに入ってこられないの?」

 望月さんに、『そこの』呼ばわりされた下弦さんが、メニュー片手に文句を言いました。

「うるさいのは俺らじゃねーし。朧、おすすめ何?」

「軽食は全部ラ・リュッツェから卸してもらったからどれも間違いないよ」

 確かにうるさいのは周りであって、望月さんたちではありません。しかし、そうでないからこそ、近くに寄って下手に目立ちたくはないと、こっそりと隠れるようにキッチン部分にと区切られているスペースへ向かおうとしたところ、有朋さんにがっつりと腕を掴まれてしまいました。

「いらっしゃいませー!」

 にっこりと笑顔をのせ、キラキラ様御一行の皆さんの下へと接客に向かうのに付き合わされます。

「お、可愛いじゃん。誰の趣味だよこれ?」
「大正・昭和浪漫ですか。お似合いです」

 有朋さんは誉められてはご満悦の様子ですが、私はこの慣れない着物エプロンに三つ編み姿が恥ずかしく、出来るだけお盆で前を隠しながら、おずおずと挨拶をします。

「い、いらっしゃいませ」

 そうすると、ガタッとテーブルが不自然な音を立てました。なんでしょうかと、音の出どころへ顔を向けると、そこには目を大きく見開いた蝶湖様が、半分椅子から立ち上がった状態でいらっしゃいました。

「うらら……か、可愛いわね」
「蝶子さん、ありがとうございます。でも、恥ずかしくて」

 蝶湖様に褒めて頂いたのは嬉しいのですが、なんとなく気恥ずかしい思いがして、ついエプロンを引っ張ってしまいます。すると、引っ張りすぎたせいか、腰で結んでいた紐が解けてしまいました。あ、と思う間もなく、蝶湖様が席を立たれ、私の後ろへ回り込むと、エプロンの紐を結び直してくださったのです。

「ありがとうございます」
「いいのよ。可愛い女給さん。じゃあ、注文をお願いしてもよろしいかしら?」

 後からそう声を掛けられ、「はい」と答えようと振り返ろうとしたところで、キッチンスペースの方から待ったがかかりました。

「天道さん、有朋さん。お二人とも、宣伝周りの当番の時間なのですけれど? ちゃんと守っていただけますか?」

 青山さんのその声に促され時計を確認すると、確かにもうそんな時間でした。

「すみません、蝶湖様。私たち、外回りの時間ですので、注文は他の方にお願いしてください」

 今から一時間は、チラシ配りという名の宣伝当番の時間となっていましたので、有朋さんを引っ張ります。攻略対象者の皆さんに未練があるような有朋さんでしたが、『学園祭に協力を』というお題目を唱えた立場としては、約束を破る訳にはいかず、しぶしぶチラシを受け取りました。

「ちょ、重っ! なんでこんなにあるのよっ!?」
「確かに随分と枚数が多いですね。どうしてでしょうか」

 予定の三倍、いえ五倍は軽くあるチラシを渡され、抗議の声を上げると、青山さんがふんっ、と鼻を鳴らして言い切りました。

「仕方がないでしょう。皆さんこんなことしたことがないのですから。でも、きっとあなた方でしたらこれくらい簡単にわけられるのではないのかしら? お願いしますわ」

 つまり、私たちより前の当番の方々はほとんどチラシを分けていないので、私たちに残りを全部分けて欲しいとそう言っているわけですね。その言い分はどうなのでしょうか。流石に少しムッとすると、私の隣では怒髪天の有朋さんが爆発寸前でした。
 こ、これはひとまずこちらの方をなだめないと、喫茶フロアの方へ被害が飛び火します。

「あ、あの……」
「まあ、随分と量が多いのね。手伝うわ、うらら」

 また言葉が被されましたと思うよりも、その言葉を発した方に驚き振り向きます。

「蝶湖さん、どうしてこちらに?」
「そんなことはどうでもいいわ。お手伝いするわね。よこして頂戴」

 有朋さんの手にあったチラシを、全て取り上げると片手で軽く抱えます。ええと、そんなに軽いものではないような気がするのですが、持ち方にコツでもあるのでしょうか?

「さ、行きましょう。早く配らないと終わらないでしょう?」

 そう言って、蝶湖様が青山さんを一瞥すると、彼女は青菜に塩といった風情で何も言えなくなってしまっていました。そして私たちは、蝶湖様に勧められるがままその場を後にしたのです。


「流石は月詠蝶湖よね。あっと言う間に、あのぶりぶりお嬢様を黙らせたわ」
「ぶりぶり……青山さんのことですか? その言い方は少し意地が悪いのでは?」
「いいわよ、それくらい。だってさ、絶対にこのチラシだってわざと配らなかったのよ。しかもこんなに用意するとかバカじゃない。本当にムカつく」

 レトロ喫茶の女給さんの格好は、何故か道行く方々のお気に召されたようで、こちらから無理にチラシを渡さなくても、かなりの方々が進んで貰ってくださいます。確かにその気になれば、ご自分たちのノルマくらいは楽に解消できたとは思いますけれど。

「私たちには蝶湖さんというお手伝いもいらっしゃいますし、頑張りましょう」
「そうは言うけどねえ……あと半分もあんのよ。どうすんのよ、コレ」

 うーん。本当に多いですよね。二人でチラシを捌きながら考えます。ちょうど今、蝶湖様はお知り合いらしい来賓の方とお話しするためにこの場を離れていています。
 さて、どうしましょうかと皆さんが楽しそうに行き交う校庭で考えていると、有朋さんが何かを見つけたのか、急にニヤンと少しイタズラそうな顔をしました。

「イイモノ見つけちゃった!」

 ……なんだかとても嫌な予感しかしません。