「こちらでお待ちください。ただいま宴用のご用意をいたします」

 十五夜の日、望月さんから派遣されてきたというスーツ姿の中年男性は、大変丁寧な物腰で私と雫さんを車に乗せアロウズ本店の中のサロンへと案内して下さいました。

 今日の学園は全て午前授業のため、昼過ぎに自宅へと迎えにくるものだと思っていたのですが、直接学園まで来て下さるとは思ってもいませんでしたので、少々驚きました。
 ですが、望月さんとの電話から、一日千秋の思いでこの日を待っていた私たちです。喜んで二人、お迎えの方に従ったのです。

「大丈夫? うらら。緊張してない?」
「はい、なんとか」

 嘘です。本当は心臓が早鐘を叩いているかのようにどきどきしているのですが、なんでもない振りをしています。
 昨夜もはると君のスマホから蝶湖様に電話をかけました。やはりとってはいただけませんでしたが、電話を切る前、最後に一言だけ、明日会いに行きますと誓ったのです。
 ですから、緊張なんかに負けていられません。出来る限り私が、私らしい姿で蝶湖様とお会いしたいのですから。
 そうして、にっこりと雫さんへ笑いかけたその時、なだれのようにアロウズのお姉さま方がサロンへ入って来られました。

「雫ちゃーん! うららちゃんっ! お久しぶり! さ、時間無いから一気にフルコース行くわよ」
「まずはエステルームね。きっちり上から下まで磨ききるわよ。その後はインナー身に着けてからヘアメイク室でね」
「うふふ。きっちりイメージしてきたから任せて頂戴。さあさあ、きょとんとしてないで、やるわよ!」

 おーっ! という掛け声と共に、あっと言う間に部屋を移動させられました。雫さんと二人、何が起こったのかようやく理解し始められるようになったのは、エステルームに寝転がらされてからだったのです。

「ヤバいわ。ここの人たち」
「すごかったです。なんだかどこもかしこもツヤツヤになってしまいました」

 デザイナーズブランドの本店で、何故エステルームまで併設しているのかわかりませんが、専属のエステティシャンの方に施術されたのは前世も含めても生まれて初めての経験でした。本当に肌がツヤツヤのモチモチになってしまうのですね。
 そして、ヘアメイクへと移りましたが、先日のダンス対決の時の髪形とはまた違うものになりました。雫さんは生花を編み込み、緩くアップにしたもので、明るいオレンジのドレスとよく似合っています。
 私はと言えば、絶対に下ろした方がいいとのお姉さま方の提案で、トップからサイドまでは軽い感じに編み上げ、後ろの方は緩いカールを作りそこに小枝をモチーフにしたヘッドアクセサリーを巻き付けていただきました。

「ドレス、新しいのじゃなくてごめんなさいね」
「あの熊っ、約束したのに」
「作りたかったー」

 そう口々に怖いことを言いながら、ドレスの着替えを手伝ってくださいます。
 そんな、とんでもありません。まだたった一回しか着ていませんし、第一、一番見せたい方に見せてもいないのです。

「いいえ、このドレスがいいのです。お気持ちは嬉しいのですが、お手伝いよろしくお願いします」

 丁寧にお願いすると、皆さんそれは良い笑顔でぐっと親指を立てられました。その明るさに、段々と今までの緊張がほぐれていくようです。
 そうして、ヘアメイク、ドレスの着付けと全てが完了し、全身が映る鏡を覗くと、そこには自分とは思えないほど素敵なレディが立っていたのです。

「すごい……」
「うらら、すっごく綺麗!」
「雫さんもとても可愛らしくて素敵です!」

 お互い褒めあっていると、一番年上と思しきお姉さまが、じゃあこれで最後ねと少し大きめのベルベットのケースを差し出して来られました。
 そのケースの中には、いくつものパールを組み合わせ、真ん中に大きなティアドロップ型のパールのついた可愛らしいネックレスが入っていました。

「これは、雫ちゃんの。似合うわよ。そしてこっちが、うららちゃんのよ」

 そう言って差し出されたネックレスは、まるでプラチナで編み込まれたような繊細なつくりのチョーカーでした。

「これは……私が付けるには高価すぎます」
「いいのいいの。是非つけてってくれと、熊っと、じゃなくて社長が言い残してったんだから」

 はい、後ろ向いてと数人がかりでこられると、言葉を発する間も無く身に着けさせられます。そのまま鏡で確認すると、このチョーカーの真ん中には、すらりと伸びた美しい月の形が見て取れました。

「これは、月ですか?」
「そうよ。さー、二人ともこれでオッケーね! その最高に綺麗で可愛い姿を見せつけてきてあげなさい!」

 パンパンパン、と手を叩かれ、支度がすべて完了したと告げられます。皆さんが口々に、頑張ってらっしゃいと応援してくださいます。
 そうですよね、こんなに綺麗にしてもらったのですから、必ず蝶湖様にも見せてきます。そうして、絶対に褒めていただきます。
 もう一度気合を入れなおし、きゅっと姿勢を正しました。