「待って下さい! それは一体どういうことでしょうか!?」
「今言った通りだ。あいつは、踊らないと決めた。それだけだ」
「そんなの納得出来ません。だって……」
「あいつが決めたことに、俺は何も言わん」

 しつこく言いすがる私に、望月さんは冷たく言い放ちます。

「うらら、そりゃ気持ちはわかるけど、少し落ち着いて」
「天道さん、満に言っても……」

 雫さんと下弦さんがなんとかなだめようと声をかけてきました。
 わかっています、わかっているのです。でも、そんなに簡単に認められません。
 蝶湖様はあの時、ご自分で引き受けたのですよ。笑って、大丈夫だと言って下さいました。それが何故こんな事になっているのか、理解しろといわれても無理なのです。

「お前にはお望みの結果になったな、朔。いや、それとも逆か?」
「いや、自分は……そうだな。どちらでも良かったよ。蝶湖がここに来ようが来まいが。踊ろうが踊らなかろうがな」

 望月さんと新明さんの会話を聞きながらも、私はまだ受け入れることができないのです。
 だって、ほら、私まだこのドレスを見て貰っていません。上弦さんだって、見せびらかしておいでって言ったのに。
 それに蝶湖様は私に向かって、一緒に踊ろうって言って下さいました。男性パートはまだ練習できていませんが……ああ、その必要は、なかったのですけれども、ねえ……

「私が、知ったからですか?」

 口から、勝手に言葉がこぼれてしまいます。
 今日までそのことには目を閉じて、耳を塞いで、ずっと知らない振りをしてきたというのに。

 え、何? と、雫さんの不思議がる声が聞こえましたが、取り合わず続けました。

「蝶湖さんが、本当は男の方だって。それを私が知ったから、止めてしまわれたのですか?」
「いやっ、そんなことないって!」

 下弦さんが私をなだめようと声をかけて近づきましたが、それを雫さんが押し止めてくれました。
 私が漏らしてしまった言葉に、大きく口を開けて驚いていたようですが、それでも黙って私の味方をするようにと。
 そうやって止められなかったことをいいことに、どんどんと気持ちが溢れだしてしまいました。

「そうなのでしょう? だって私……逃げたのですもの。あの場所から、何一つ話を聞こうともせずに」

 そうです。私が逃げたのです。
 声を張り上げ私の名前を呼んだ蝶湖様を無視して逃げたのは、私。
 あの時、あそこで足を止めて、ちゃんと向き合えばよかったのにと、もう一人の私が頭の中でしつこく責め立てます。

 私はいつもそうなのだと。
 いつもいつもいつもいつも。
 自分の感情だけで、人の想いをくみ取ろうとしない、私が、私が悪いのです。

「全部私が悪かったのですね……」
「それとは関係ない。これはあいつが決めたことで、天道に責はない」
「そっ、そうだよ。だから、そんなに気にしないで、ね」

 興奮が冷め大人しくなってきたところで、あらためて下弦さんが私の肩に手を置こうとされました。
 その瞬間、パシッと大きな音を立て、その手が叩かれたのです。

「有朋さんっ!?」

 雫さんに叩かれた手が宙で止まり、大きな瞳を一層丸くされ、下弦さんが驚いています。

「あんたたち、いい加減にしなさいよ」
「え?」
「なんで、うららが悪くなるの?」
「いや、そんなこと、天道さんが悪いだなんて一言もいってないから」

 その言葉に雫さんは、ガッと、大理石の床が鳴るほど思い切りよく踵を踏みつけました。

「うるさいわね! うららに悪いって思わせるなって言ってんのよ! バカ!」
「ちょ、そんな無茶な……」
「大体ねえ、月詠さんが勝負を降りたんなら、なんでさっさと、こっちへそう伝えて来なかったのよ。バッカじゃない? わざわざこんな場まで用意してさ」

 望月さんへと、そう啖呵を切った上で、さらに新明さんへと矛先を向けました。

「あんたもそうよ。スカしてんじゃないわ。何がどっちでも、よ。結局振り回されてるくせに。ただの言い訳じゃん。バーカ!」
「バカの大安売りだな」

 まくし立てる雫さんの言葉に、妙に感心したような望月さんでしたが、ギロリと睨まれすぐに口を閉じられました。

「そうよ、三バカ。あのね、月詠さんが実は男だったとか、そんなのどうでもいいの。対決したくなきゃそれでもいいわ。どうせ月詠さんの気まぐれで始まった対決だもの」
「うん。だから、ね……」
「うるさい。女の格好にどんな理由があるのか知らないし、知りたいとも思わない。けど、うららを悲しませたことだけは許さないわ」

 そう言い切ると、私の手を取り入って来たときと同じ扉へと足を向けました。

「あ、有朋さんっ!?」
「帰るわ。着替えるから、とっとと車回しておいて」

 慌てる下弦さんを後目に、がしがしと足を早める雫さんです。そうして私は、しっかりと握られたその手に守られるように、その場を後にしたのでした。

 ついて来ないでよ。そう突き放され、鼻先で車のドアを閉められた下弦さんを置き去りにして、二人車に乗り込みました。
 着替えてからも車に乗り込んだ後も、ずっと雫さんは私の手を握ってくれています。
 冷えてしまった私の心を温めてくれるその手の温もりが、とても嬉しいと感じました。

「ゴメンね、うらら」
「……どうして雫さんが謝られるのですか?」

 車が走り出して三十分ほど経った頃、突然の謝罪を受けました。
 雫さんが謝ることなど何もないのに、と不思議に思い横から顔をのぞき込みます。すると、くしゃんと顔を歪ませながら、ゴメンねともう一度私へ伝えてこられたのです。

「最近うららが元気ないのわかってたのに、私何にも気を遣ってあげれなかったし」
「いえ、私も何も言いませんでしたから。知らなくても当然です」

 いくら一番の友達だといえ、蝶湖様の秘密を話すつもりは全くありませんでした。
 結局こういった形で知らせてしまいましたが、それすらも本意ではなかったのです。

「でも、私だけのんきにダンスを踊ってた……」
「お上手でしたよ。あの望月さんも認められていました」

 自力で認めさせたのです。自信をもって下さい。続けてそう伝えると、いつもと違う髪型が気になるのか、髪を軽く触りながら話し出しました。

「……あんな形になったけど、勝ったのよね。対決は」
「ええ。雫さんの勝ちです」
「三勝二敗か。あの月詠さんに、勝ったんだ」
「はい」

 私が断言すれば、少し遠い目をしながら、そっか、と一息つかれます。

「これでゲームも終わり。ね、うらら」
「そう、ですね。でも」
「でも?」
「終わらないものもありますから」

 繋いだままの手に力を入れます。すると、同じように雫さんも握りかえしてくれました。

「そうね」

 そうして、私の言いたいこと、全て理解してくれたように呟かれました。