「会わせてよ。あいつと」

 姉ちゃんとその友達が帰ったのを確認して俺がそう言うと、朔太朗くんはとても嫌そうな顔をしたが、知ったこっちゃ無い。

「会わせて」

 もう一度同じ言葉を口にすると、はぁ、とため息を吐いた後、相変わらずスカしたような態度でこっちを向いた。

「お願いなら、もう少しそれらしく言ったらどうだ?」

 一見、落ち着きを取り戻したかのような喋り方だけど、相当苛ついているのがわかる。そりゃあそうだ。あの頃は、あいつにまとわりついてただけのガキんちょだったしな。そんなのに、強気な態度でものを言われれば腹立たしいだろう。
 けど、俺だっていつまでもガキじゃない。

「お願いじゃねえよ。要求だよ」
「はあっ?!」

 ズバッと言いってやると、明らかにムッとした声を返された。

「あんな格好して、学校まで通ってんだから、言い触らされりゃあ都合悪いんだろ? 黙ってて欲しけりゃ、会わせろ」

 これじゃあ、要求どころか脅迫だ。自分でもそう思ったけど、もう引っ込みはつかない。
 グッと睨み合い、さあ次はどうするかと考えていると、朔太朗くんの隣から、落ち着けと声がかかった。

「朔くんも、君も、少し落ち着いて。いがみ合っていたって話は進まないだろ?」

 きららが喜びそうな、アイドルみたいな顔したヤツがそう口を出してくる。
 突然乱入してきた俺に、怪しむでもなく声をかけると言うことは、大体話が通っているんだろう。だったら、こっちと話をした方が早いかも。

「あんたは?」
「僕は、下弦朧です。朔くんや初、それから、あー……湖月の友人」
「朧、お前っ!」

 こめかみに青筋を立てて、朔太朗くんが大声で怒鳴ったけど、下弦と名乗ったそいつは飄々と肩をすくめて続けた。

「今さら取り繕ったって仕方がないよ。彼は知ってるんだしさ。で、なんで湖月に会いたいの?」

 旧交を温めたいってだけじゃないよね? そうつけ足す、この下弦ってヤツ、顔は笑ってるけど目が笑ってない。
 あいつの周りのヤツは、どいつもこいつも面倒くさいヤツばっかりだ。そう、ムカつきながらも、なんとなく笑えてきそうになった。
 何も知らないままであいつに会ったとしたなら、俺はまた尻尾を振りながら、まとわりついたんだろうなと思う。
 けど、今はそんな訳にはいかない。

「あいつと直接話すよ。俺のスマホの番号、渡しといて」

 あらかじめ書いておいたメモを下弦に手渡す。

「これ、捨てたらどうする?」

 受け取ったメモをぴらぴらと振り、尋ねてきたから睨みながら言ってやった。

「そしたら、二度と姉ちゃんをあんたらと近寄らせねーよ」

 出来るかどうかは知らないけど、徹底して邪魔してやると宣言すれば、それはマズいと呟き、

「必ず渡しておくよ」

 そう言って、今度は本当に笑顔を見せてきた。
 その日の夜遅く、部屋で寝支度していた俺のスマホ宛てに電話がかかってきた。その見知らぬ番号を取ると、聞き覚えのある声が聞こえてくる。

「よう。強くなったって?」
「って、いきなりそれか。あんたよりずっと強いよ」
「強くなったんじゃなくて、偉そうになったの間違いだろ、はると」

 成長してねえなあ。と、笑う声が昔よりずっと自然なのに驚いた。

「で、何の用? 金なら貸さないぞ」

 誰が借りるか。それどころか、こっちこそ貸し出すものはねえよ。

「俺も、姉ちゃんのこと、貸さねえからな」

 俺の言葉に、一瞬詰まったような音を出したかと思うと、直ぐに気を取り直したのかあっさりと言いのたまった。

「貸すも貸さないもない。うららのことは、全部欲しいんだよ、俺は」
「っはぁ?! ちょっ、」

 あまりの言い草に、びっくりして大声を上げてしまった。聞こえてないよな? と耳を澄ませして、特に名前を呼ばれて無いことにホッとした。
 少しだけ声のトーンを下げ、スマホに向かう。

「何バカなこと言ってんの? ってか、本当にバカだろ。ふざけんな、お前。あんな格好しやがって、何してんだよ」
「仕方がないだろ。こっちにも事情があるんだよ」
「何だよ事情って、わかんねえよ」
「そんなに簡単に言える事情なら、あんな格好するか、アホ」

 声をおさえて喋ってるのに、ムカつき過ぎて息が切れる。
 一応、好きでやってるわけでない事だけは確認出来たけれども、それを断れない事情って何なんだよ。
 学校とか全部騙してられるのって普通じゃあり得ないだろ? でかい家らしいって、姉ちゃんに聞いたことあるけど、半端なくね? そっちの方が怖いじゃねえか。いい加減にしろ、そんな怪しい男に大事な姉ちゃんを任せられるか!

「ともかく、もう姉ちゃんに近づくなよ」
「断る」

 断るんじゃねえー!
 そう怒鳴りつけたいのを我慢して、もう一度言ってやる。

「姉ちゃんに、近づくな! バラすぞ」

 本気で思ってる訳ではないけど、これくらい強気に言わないとこっちの本気が伝わらない。どうだ、と様子を伺うと、スマホ越しにチッと舌打ちが聞こえた。
 舌打ちしたいのはこっちだってーの。
 偉そうになったとか、あんたに言われたくないよ、湖月くん。ガクッと頭を下げてふうーと息を一つ吐くと、湖月くんが、観念しろと言い切った。

「俺は絶対にうららを諦めない」

 本当に何を言い出すんだ、この男はっ?!