今日は朝から悪いことが続きます。

 電池がなくなったようで、目覚まし時計が鳴らなかったり、髪の毛の寝癖がなかなかとれなかったり、飲もうとしていた紅茶の茶葉を切らしていたりと、散々です。
 さらにはテレビの占いでは『想定外のハプニング!今日は家で大人しくしているのが吉』とまで言われてしまいました。むやみに占いを信じているということはありませんが、ここまで良くないことが重なると、なんだか気分も落ち込んできますね。

 そして極めつけは、ダンス練習の中止の連絡でした。

「おはよー、うらら。今日の練習だけど、中止ね。さっき朧くんから連絡あったわ」
「おはようございます、雫さん。随分と急ですね」
「スタジオに清掃業者さんの入る日だったんだって、早く言いなさいよーってね」

 うーん、ダンスで体を動かして、少しすっきりさせたいと思っていたので、残念です。
 それと、対決の日まで残り五日というところまできていますので、そろそろ最終チェックも含めて仕上げに入る予定でしたがスタジオ側の事情ならば仕方ありません。

「今日の予定がぽっかりと空いてしまいました」

 自宅の電話を切ったところで独り言をもらすと、それを耳聡く聞き取ったきららちゃんが嬉しそうに駆け寄ってきます。

「ね、ね、お姉ちゃん! 今日暇になったの? じゃあ一緒に遊びに行こー、ねー!」

 私の手を取り上目遣いでお願いする姿が、本当に可愛いらしいです。そういえば、夏休みに入ってからというもの、乗馬の練習やらダンスの練習やらで、きららちゃんと全く過ごしていないことに気がつきました。
 雫さんも今日は、お盆休みに入ったご家族と久しぶりに出かける約束をしたと言っていましたし、私も家族と過ごすことにしましょう。とはいっても、お父様とお母様はお仕事ですから、当然それはきららちゃんと言うことになりますね。

「そうね、それじゃあ出かけましょうか。きららちゃん」

 きららちゃんの柔らかい髪を撫でながら誘うと、うへへ、と笑顔を見せ、支度をするために張り切って階段を上って行きました。

「そういえば、はると君はどうしたの? 朝からもう顔を見なかったけど」

 停留所で次のバスを待つ間、ふと思い出しきららちゃんに尋ねます。
 今朝は不都合が重なり、支度に時間がかかったものの、そこまで遅い時間にリビングへ行った訳ではなかったのですが、いつも居るはずのはると君がそこに見あたらなかったのです。

「朝練? でも部活もお休み中よね?」
「知らなーい。でも結構早く剣道の道具持って出てったよ」

 時間を聞くと、普段なら私も起きている時間でしたが、それにしても珍しく早い時間に出て行ったのだと思います。
 どこで練習をするのでしょうか?
 なんとなく頭に引っかかるものがありましたが、答えがでる前にバスが到着し、ついそちらの方へと気をやってしまいました。久しぶりと言うほどでもない街中は、やはりお盆休みの影響か、先日よりも人出が多いようです。

 私はどうしても人混みは苦手なたちですが、きららちゃんは逆にテンションが上がるタイプなので、あちらこちらのお店を覗きに走る彼女を見失わないようにするのが大変でした。
 いくつかのお店を覗いた後、ようやく満足したきららちゃんに、とても可愛らしいカフェへと案内されます。

「ここ、ここ! 前に、雑誌に出てたの!」
「……きららちゃん、ちょっとここは無理じゃないかしら?」

 その愛くるしいほどの外見とは裏腹に、とにかく並んでいる人の数がもの凄く多いのです。これは、一時間並んだくらいでも入れるものではありません。諦めましょうと、きららちゃんに伝えようとすると、後ろからどこかで聞いたような声がかかりました。

「あれ、うららちゃん? 何、並んでるの?」
「え? あっ! ……上弦、さん?」

 その声の主は、熊さん、ではなく上弦さんでした。というか、ヒゲがなくなっていますので、見た目も全く熊さんではなくなっています。

「奇遇だね、こんな所で出会うのも。もしかしたら、運命かも?」

 ヒゲをさっぱりと落とされたその姿は、従兄弟だけあって、やはりどことなく下弦さんと似ていますね。
 さらに上弦さんには、大人の色気とでもいうのでしょうか、又は社会的に成功されていらっしゃる方の余裕が加味されていて、大変人目を引くのと同時に、周りからの羨望の視線が痛く突き刺さってきます。

「運命も何も、上弦さんのお店はすぐそこですよね?」

 そう答えると、面白いものでも見るように、じっと私を見つめた後、大笑いされました。

「確かにそうだ。そして、ここも僕プロデュースの店だし、居ても当然だった」

 なんと、きららちゃんが入りたがっていた、この行列のできるお店も上弦さんのものでしたか。流石は下弦さんのご親戚です。

「寄ってく? うららちゃんになら、すぐ席を用意するよ」

 そうおっしゃって下さった時、後ろできららちゃんの喜ぶ声が聞こえましたが、ダメですよ。

「いえ、先に並んでいる方が大勢いらっしゃいますので、またの機会に寄らせていただきます」

 ね、きららちゃん。と声をかけると、私がこういうことは絶対に引かないとわかっているきららちゃんは、しゅんとしながらも、頷きました。

「聞いてた通りの子だね、君は」
「融通が利かなくて申し訳ありません」
「気高いってことさ。いや、潔い、かな?」

 なんとも大袈裟な表現のような気がします。
 そして、気高いといわれるのなら、蝶湖様にこそ相応しいと思うのですが。そんなことを考えていると、私の気持ちが漏れてしまったのか、上弦さんが蝶湖様のことを尋ねてきました。

「ところで、今日は蝶湖たちと会うんじゃなかったの?」
「えっ?!」

 そんな用事はありません。それどころか、先日上弦さんのお店で会って以来、蝶湖様の声すら聞いてないのです。
「あれ? 確かに今日、天道って子と会うって言っていたんだけど。聞き間違えたかな?」

 ど、どちらの天道なのでしょうか……