「スポーツですか?」
「そうそう。次の対決はスポーツなんてどうかな。それなら俺が直接教えられるし、アドバイザーらしくて、なんかいいじゃん」
「……はあ」

 なんと答えていいのかわからないような提案に、有朋さんと顔を見合わせて、頼りない返答をします。
 昼休み、三日月さんが私たちの教室に入って来られると、あまり人の多く残っていなかった教室内にもかかわらず、きゃあ、と黄色い声がさざめきました。それに反応して三日月さんもにこやかに手を振って応えます。そうすると更に声が大きくなり、三日月さんの人気の高さをあらためて実感しました。

 もともと蝶湖様と行動を共にしている、有朋さん曰く攻略対象者の彼らの評判は、この学園の中でもトップ中のトップクラスなのでした。例えお一人でいらっしゃっても大層注目の的だそうですが、あからさまに騒がれるのを嫌う彼らを慮り、余程のことがない限りは大人しく接するべきだという暗黙の了解が徹底されているそうです。
 けれどその中でも、スポーツで目覚ましい成績を収め、男女を問わず気さくに相手をされる三日月さんには、皆さん大っぴらに声を上げられるようでした。

「初、お前がいると、この狭い教室じゃ話し合いができないよ」

 下弦さんが珍しく不機嫌そうな表情を隠そうともせずに言い放ちました。確かに、周りがこんなにソワソワした空気では落ち着いてお話は出来そうもありませんね。

「そっか。じゃあ放課後にまた出直すわ。また後でね、うららちゃん。雫ちゃん」

 手のひらをひらひらと泳がせて、ご自身も泳ぐようにひらりとその場から離れて行かれました。なんとも忙しく派手なお方です。
 そうして放課後、教室から連れ出された私と有朋さんは日差しのきつい校庭を抜け、木々が植えられた小道への方へと誘われました。

「スポーツねえ。ういういが教えてくれるっていうのは魅力的だけど……」

 有朋さん、ご本人に向かって”ういうい”と言ってしまいましたよ、大丈夫ですか?

「もちろん。手取り足取り教えてあげるよ、雫ちゃん」

 ういうい、スルーですか。三日月さんは、なかなかの大物のようです。

「調子のいいことばっかり言うな、初」

 その会話に割ってはいるように、下弦さんが三日月さんに向かい話しかけました。
 今回のジャッジは十六夜さんだということで、中立のはずの下弦さんなのですが、何故か当たり前のようにここに混ざっています。

「っは! いいじゃねえの、朧。お前も教えてやれよ、どうせ暇だろ」
「暇って、お前……」

 ちらりと有朋さんの方に視線を動かしました。有朋さんといえば、あえて下弦さんの視線には気が付かないように歩いて行きます。

「で、スポーツって、ういういは何がお勧めなの? テニス? それともゴルフ?」
「んー、雫ちゃんがテニスやゴルフをやりたいって言うんなら教えてあげてもいいけどー。お勧めはしないな」

 悪戯そうな笑顔をのせて言い切りました。

「絶対に、100%勝てないからね。例え、蝶湖がどんだけ手を抜いてもさ」

 ぐっ。三日月さんたちからしたら当然のことかもしれませんが、あらためてそうやって聞かされると、やはり蝶湖様の凄さが身にしみます。

「じゃあ一体何なら勝てるのよ。スポーツって……あ! 私さあ、水泳なら得意なんだけど?」

 木陰の端から、キラキラと木洩れ日が落ちてきます。その中で水をかくような仕草をする有朋さんですが、正直あまり速そうには思えません。

「あ、蝶湖は泳がないからダメ」
「え、月詠さん、泳げないの?」

 違う違う、と手を振り「泳がないの」と、はっきり答えました。
 それの何が違うのか、今ひとつピンときませんが、蝶湖様が泳がないというのなら無理なのでしょう。
 水着っていったら、サービスショットのスチルなのに、もったいないなあ、などと不穏な独り言が聞こえます。

 いえいえいえ、サービスショットってなんですか? 誰のですか?
 どうも有朋さんは少し納得していないようですので、ここは一応私の意見も主張しておかないと、取り返しのつかないことになりますよ。

「あの、私は全く泳げませんので、水泳は遠慮させてください」

 プールのない小中学校に通っていましたし、前世の、仮にも貴族令嬢としての記憶持ちとしては、どうしても人前で水着になるのに抵抗がありましたので、今まで一度もプールに入ったことがありません。これだけは何としても譲れないところです。

 私が泳げないことを告げると、何故か皆さん、あー、はいはい、と頷いて納得していました。そんなに見るからに泳げなさそうなのでしょうか、少しショックです。
 けれども、私が泳げないことを知った有朋さんは、そこであっさりと水泳への固執を捨て、他の種目を考え始めました。その柔軟性は見習いたいですね。

「ねえっ、結局何ならいいの? わざわざこんな方まで連れてきてさあ、意味あるの?」
「あるよー。さ、こっちこっち。あとすぐだから」

 そう言って、三日月さんは木々の茂る道を誘導していきます。
 校門の場所は違えど、幼稚舎から高等部までは、同敷地内に建てられている聖デリア学園は、とにかく広いのです。まだ入学して三ヶ月の私たちには、この高等部の校庭から抜けることの出来るこの小道がどこに続いているのかを知りませんでした。
 突然開けたその場所は、きっちりとした柵に囲まれた、広く明るい馬場だったのです。
 少し離れた厩舎には、きちんと手入れされた何頭かの馬がゆったりと草を食んでいるように見えました。

「馬、ですね!」
「……馬、だわね」
「そっ、馬」

 三日月さんは、大きく手を広げて伸びをした後、それはとても愉しげに笑いながら、私たちに向かいアドバイスを下さいました。

 次の勝負な、乗馬にしようぜ。俺のお勧め!