割り切れない感情を持て余したまま、日曜日を過ごしてしまいました。

「お姉ちゃんがこんなにうだうだしてるの初めて見たわ。大丈夫?」
「ん、これ。食べていいから」

 出来るだけ表には出さないようにとしたつもりでしたが、どうも端々からもやもやが漏れ出ていたようで、きららちゃんには心配され、はると君にはおやつを買ってきてもらうなど、気を使わせてしまったようでした。
 姉としては残念なくらいダメダメです。むむむ。けれども……


「はあ……」
「5回目」
「……何がでしょうか?」
「ため息に決まってんじゃん。昼休み始まってから、もう5回目って言ってんの!」

 気が付きませんでした。
 しかし、いちいち数えてられたのかと思うと少し恥ずかしいですね。

「全く、ため息つきたいのはこっちよ。土曜日の対決には負けるし、朧くんにはガツンとやられるし、いいとこなかったわ」

 そう言って、有朋さんはお弁当の玉子焼きを口にしました。
 料理対決の練習を始めた頃から有朋さんは、学食やカフェを利用するのを控えて、私と一緒に教室でお弁当をとることが多くなりました。大体の場合はお家のシェフの方が作ったものか、どこかのお店で買ってきたもので、それはそれはとても見栄えのするお弁当です。
 そして今日もお弁当を持参してきましたが、それにはなんだか私のお弁当と似たようなおかずが詰められているようでした。

「もしかして今日のお弁当は、ご自分でつくられたのですか?」

 ふと、いつものとは違う、素朴なおかずをみてそう思いました。有朋さんは、少し恥ずかしそうに口を尖らせて、まあね、と答えます。

「私、結構こういうお弁当好きだし、練習よ、練習。……ま、今度ねって、約束したし……って、何言わせんのよっ!」

 勝手に言われたのですが?

 というか、ははあ……どうやら下弦さんとお約束をしたのですね。そんなにあわてなくてもよろしいですよ。
 顔を薄く赤らめてパクパクとお弁当を食べだす有朋さん。そんな彼女をみていたら思わず、いいなあ、という感情が胸に沸き出しました。
 どうしてそんな気持ちになったのかわかりません。でも、土曜日からのもやもやと相まって、自分の中の消化出来ない何かが、どんどんと上積みされて重みとなってのしかかってくるようです。そして、6回目のため息をついてしまいました。

「あのさあ。アレでしょ。月詠さんのこと気にしてんでしょ?」

 うっ……そんなにばればれなのですね。

「仕方がないでしょ、最初っからうららは私の相棒なんだから。そういう話で対決してんのにねえ」
「いえ、気にしているのはそこではなくて……有朋さんは、蝶湖さんの、その……勝負に対する姿勢は気になったことはないですか?」

 思えばピアノ対決からそうでした。私の好きな曲を弾くとおっしゃったり、料理対決では家のお弁当を作りたがったり、ジャッジのことなど構うことなく好きなように行動され、勝敗自体には全然執着していないその意識の低さが、です。

「別にー」

 え?

「だって、元々このお嬢様対決も、月詠さんの気まぐれみたいなもんじゃん。全然好感度も上がってないのに、受けてくれただけで儲けものだと思ってたわよ」

 そういえば、有朋さんがこの対決を希望したのは、乙女ゲームの形をなぞりたかったからでした。

「……あんたは気に入らないの? うらら」

 首を傾げながら有朋さんが私に尋ねます。気に入らない……そうなのでしょうか?
 私に接してくださる蝶湖様は、とても優しくて、甘やかです。けれども反面、勝負の対戦相手としてはきちんと見てもらえていないような気がします。

 そうですね。ああ、きっと――

「きっと、私は対等に見てもらえていないのが、悔しいみたいです」

 お友達なのに。そうぽつりと呟けば、有朋さんが肩を竦めました。

「友達、ねえ。うらら、あんたさあ、友達ってほとんどいないでしょ?」

 うっ! 大変痛いところを突かれました。確かに、私には友達と言っても差し支えないのは、蝶湖様だけです。

 異世界前世(ラクロフィーネ)の記憶を持ったままこの世界に生まれてきて、幼いころから妙に大人びていたせいか、どうしても皆さんのように仲の良いお友達が出来ません。

「精一杯、人に対して誠実であろうと接してきているつもりなのですが、何がいけないのでしょうか?」
「あのさあ、そういうとこじゃない? 友達ができないのって」

 私の長年の疑問に、さらっとそう返します。

「そりゃ、嘘ついたりだましたりってのは問題外だけど、真面目でいりゃあいいってもんでもないでしょ、友達なんだから。一緒に笑ったり泣いたりするだけじゃなくってねえ。怒って喧嘩して仲直り、までがワンセットだと思うわ」
「そう、なのですか?」
「そうそう。だから、いいんじゃないの? 月詠さんにさ、そんだけイラっとするのだって、仲良くなってる証拠でしょ」

 止まっていたお箸を動かし始め、ほうれん草の胡麻和えを口に含み、うわっ、しょっぱ、と眉間に眉を寄せた後、面白がるような顔をします。

「気にくわないことは、面と向かって一発かましてやんなさいよ。すっきりするわよ」

 そう言って、私を煽りにきました。

「言ってもいいのでしょうか?」
「いいの、いいの。そうやって、私たちみたいにちゃんと言い合いできるような友達になればいいじゃない」

 え? 私たちって、お友達だったのですかっ!?

「……うららぁー、あんた今、めっちゃ失礼なこと考えたでしょ? わかるのよっ!」

 ぶうっと頬を膨らませて抗議する有朋さんに、フッと笑いがもれてしまいます。そうですね、今までの私なら多分こんな対応はとりませんでした。
 こんなふうに言い合って、笑いあえるような関係は初めてです。だから、やっぱり――

「仕方がないですよね。お友達なのですから」

 そういうことでしょう?
 にっこりと笑って言い返せば、ふーんと澄ました顔で私を見つめた後、有朋さんも笑顔で言ってくださいます。

「そうよ、なんたって、お友達だからねっ!」

 私にも、高校生になってようやく、とても楽しいお友達ができました。

「うーん、やっぱり可愛いわ。うららちゃんに、雫ちゃん? だっけ?」

 私たちが友情を深めているさなか、突然、頭の上からおちゃらけたような声がかかり、慌ててその方を見上げます。

「初、馴れ馴れしすぎ」
「あー、ごめんごめん。楽しい女子トークの邪魔をしちゃって悪いね」

 明るい声の主は三日月さんでした。二年生の彼が下弦さんと一緒に、私たちの教室に寄ったということは、きっと対決のこととかと推測します。案の定、彼は私たちの隣の机の空いた席へどかっと座り込み、にかっと笑いかけてきました。

「満からのお達しで、残りの対決は遅くても八月中には終わらせろってさ。だから早速次の勝負を決めちゃおうと思って」

 そう言うと三日月さんは、両手の親指を立てご自分を指す仕草をしながら、俺今回のアドバイザーと語り、私たちに向かってウインクを一つ投げかけました。