「きららちゃん、教えて欲しいことがあるのだけれども、いいかしら?」
「え、マジ!?」

 いや、いいんだけど。……私がお姉ちゃんに教えられることってあったっけ?

 私のお姉ちゃんは、本当に綺麗で頭がよくて性格がよくて、そしてもの凄いお嬢様だ。
 同じ両親から生まれて、同じように育ってきたはずなのに、なんでかなー? って思うくらい違う。うちじゃあ突然変異のお嬢様。

 まず、言葉が違う。いまどきお父様とかお母様とか普通言わないよね。だけどお姉ちゃんは当たり前のように『様』をつける。けどそれが全然変じゃない。
 あと、大声とか全く出さないし、笑うときも口元に手を持ってきて静かに笑う。人前だけとかじゃないよ、家族にだってこうなんだ。お父さんに聞いたら、お姉ちゃんはちっさい時からずっとこうだったっていうからもう生まれつきだよね。
 なんだろう、これ。上手に説明できないけどさあ、絶対に普通じゃないんだけども、お姉ちゃんならアリかなって思ってる。言葉とか仕草とか、全部ひっくるめてお姉ちゃんだからね。

 そんなお姉ちゃんと違って、私はまあいわゆるオタクってやつ。マンガとアニメとゲームと小説が大大大好きで、目についたもの片っ端から読んで、鑑賞して、やり込むのみ。
 お年玉やお小遣いは全部そっちにつぎ込んでるよ。でもぶっちゃけお母さんも元オタクだから、趣味に関しては怒られたことはない。
 だからそっちの知識だけはいっぱい持ってるけど、あの聖デリア学園の特待生になったお姉ちゃんに教えられることなんかあったっけ?
 ま、いっか。

「で、教えて欲しいことって何?」

 今日は私の中学の入学式があったから、持ち帰った教科書から体操服のゼッケンなんかが出しっぱなしの私の部屋はちょっと汚い。そんな部屋を見て、当たり前のように片づけを始めようとしたお姉ちゃんの袖を引いて聞いた。

「ああ、そうそう。ごめんなさい、きららちゃんも忙しいのにね」
「それは全然。お姉ちゃんのお願いならなんでも聞いちゃうよ。最優先だから!」
「ふふ。ありがとう、優しいのね、きららちゃん」

 お姉ちゃんの微笑みに、私も思わずにこにこになる。だってしょうがない、私はお姉ちゃんが大好きなんだから。
 綺麗で優しいお姉ちゃん。私はそうとうシスコンの自覚がある。

「それがねえ、よくわからないのよ」
「よくわかんないの?」
「クラスメイトの子の『イベント』を邪魔したって怒られたのだけれども……」
「……ん?」
「あと、面と向かって『モブ』とか『キャラクター』とか呼ばれてね」
「……ん?んんーっ?」
「『乙女ゲーム』って、何かしら?」

 っ、ぶっふぅーーーーっ!!
 まーじーかーっ!?
 もしかしてもしかして、これって異世界転生ってやつ?
 あれ? 現代風の乙女ゲームも異世界でいいの? てか、お姉ちゃんがモブ扱いとかありえなーい! どう考えても主役でしょ? うん? イベントの邪魔とか、あーこれもう逆に主役だわ。

 うんうん。と頷きかけて、ふと思う。
 いやいやいや。自分がオタクなせいでついそっちに考えちゃったけど、単なる電波ちゃんの場合だってあるわけだよね。異世界転生を信じちゃってる子だったり。だとしたら、あんまりお姉ちゃんに近づけたくないなあ。

「……きららちゃん?」

 あ、自分の世界に入りすぎた。ヤバい、オタクの悪い癖だ。えーと、あのね。乙女ゲームってのはね、うーん……あ!

「乙女の夢と希望がてんこ盛りのゲームのこと!」

 ……なんか違う。

「恋愛小説みたいなものなのかしら?」

 流石のお姉ちゃんでもこんな答えじゃわからないよね。えーと、えーと……

「概要はあってる。女性向けの恋愛ゲームだってさ」

 開きっぱなしのドアから急に声が聞こえたと思ったら、スマホを持ちながらのっそりとはる兄が顔を出した。うー、乙女の部屋を勝手に覗きおって。

「そうなのね。はると君、ありがとう」

 おう。と投げやりな返答をしてるけど、うっすらほっぺが赤くなってる。
 このお兄ちゃんは、私をはるかに上回る超シスコンだ。ただしお姉ちゃんに限る、だけど。
 つーか、いつから聞いてた、このシスコンは!?

「けど、知りたいのはもうちょっと突っ込んだところじゃねーの?」

 おっと、そうそう。シスコン改め、はる兄偉い! 多分、もう少し詳しくしないとお姉ちゃんには分かりづらいよね。

「乙女ゲームっていうのはね、何人かの恋愛攻略対象者がいて、その中から好きな人を選んで恋人になるために頑張るゲームなの」

 うん、まあまあな説明かな。お姉ちゃんは少し考えて首を傾げた。なんか可愛い。

「……でも、なんでそれを私が邪魔したことになるのかしら。ゲームのお話……よね?」

 ですよねー。
 異世界転生とか知らなけりゃわかんないよね。となると、手っ取り早いのは小説か、マンガかー、と考えて本棚を漁る。
 あー、悪役令嬢ものでもいいかなー。そっちのほうが趣味なんだよね。でも現代もののがいいか。とりあえず色んなパターンを10冊くらい取り出してかさねた。

「はい、これ。乙女ゲームを扱ったお話だから」
「あら、いっぱいあるのね」

 ううん、本当に本当の極一部だよ。めっちゃめっちゃめっちゃあるからね、乙女ゲームものってさ。
 Web小説系で読むのが手っ取り早いけど、お姉ちゃんはパソコン苦手だし、スマホ持ってないから本の方がいいよね。そう思って手渡そうとしたら、はる兄に奪い取られた。

「重そうだから、持ってく」

 こんのぉ。やっぱシスコンで十分だな、はる兄の呼び名。

「ありがとう。はると君」

 ニコリと笑うお姉ちゃんの姿はもの凄く可愛らしいから、そりゃ仕方がないけどさー。騎士道精神バリバリではりつくのを見てると、妹としてははる兄の未来が心配だよ。本当に。

「読んでみてわからないことあったら、なんでも聞いてー」
「きららちゃんもありがとう。そうね、色々教えて頂戴ね」

 ぴらぴら、と手を振り、お姉ちゃんとはる兄が部屋を出ていくのを見送る。
 しかし、身近でこんなことが起こるとはねえ。まあオタク冥利に尽きるとでもいうのかな、こういう状態って。本当かどうかわかんないけどねえ。ベッドに転がりながら、そんなことを思う。

 つか、自分の世界が乙女ゲームの世界って、笑うわー。まじで草生える。