そういえば小説の中で麗華が逮捕されたとき、荒鬼家の使用人は一様に『お嬢様はそんな人じゃない』と、麗華を庇ったとあった。

 伯爵夫妻に言わされているとばかり思っていたが、もしかすると案外慕われていたのだろうか。

 だとしたら、すごくうれしい。

「そんなに褒めてもお給金は変わらないわよ」

「もぅーお嬢様ったら」
 あははと笑い合いながら、心の中の緊張を隠してひとときを楽しんだ。


 そして迎えた八十八夜。

 憂鬱な気持ちを代弁するように、夕方から厚い雲が出ていくらか雨も降った。

 雨はやんでも雲は残り、やけに赤く不気味な夕焼けの空に不安は増大する一方だったが、なけなしの勇気を振り絞る。

 夜の七時を狙って屋敷を出た。

「小桃、本当に私ひとりで大丈夫よ?」
「いいえ。ダメです。私も行きます!」

 小桃は胸の上で拳を握って抗議する。

 出かけようとしているのを小桃に見つかってしまい、夜に出かけるのはもってのほかだよ大反対された。