口にしたワインはそのワインだ。いい葡萄ができたと聞いていた通り、風味豊かな味わいに満足する。

 グラスを置き、ぐるりと庭を見回した。
 流星が涼風邸を訪れたのは初めてということもあり、興味深く観察する。

 庭の作りは洋風で、邸の前には芝生が広がり、点在する大木が気持ちのいい日陰を作っている。東側には薔薇園も見えた。
 若葉の隙間から、暖かい日差しが差し込み、花の香りを乗せた柔らかい風が吹く。
 涼風男爵一家の人柄を表すような、穏やかで人を和ませる庭だ。

(この屋敷に〝鬼〟が入り込む隙はないな)

 華族でも欲にまみれた家はどこかに黒い影があるものだ。

 そういえば荒鬼家にも闇はなかった。
 強欲な一家と噂されるが、暗い陰は庭も邸にもどこにも見えなかったのだ。

(だから縁談を受け入れたが……)

 ふと麗華と目が合い、片手を上げた。
 すぐに視線をはずした麗華は戸惑っているように見える。

『お願いがあります。私との婚約を破棄してください』
(なぜ彼女はあんなことを?)