食事を終えると、時刻は十六時を過ぎていた。


「そろそろ行こうか。まだあと一時間くらい電車に乗らなきゃいけないんだ」


 結弦が腕時計を確認して立ち上がる。

 お会計を終えて店を出ると、一匹の黒猫が目に留まった。


「かわいい!」


 美輝が駆け出して黒猫の前にしゃがみ込んだが、ガラス玉のような蒼い瞳は、美輝をすり抜けてわたしをじっと捉えている。


「この子、琴音のことすごい見てるよ」


 美輝がそう言って笑うと、黒猫はしなやかな体をゆっくりと揺らせながらわたしのほうへ近づいてきた。

 どこかで見たことがあるようなその黒猫は、喉をごろごろ鳴らしてわたしの足にすり寄ってくる。


「琴音は猫に好かれるんだな」


 結弦が黒猫を見て言うが、おそらくそうじゃない。わたしを見つめるこの視線とは、以前どこかで会っている。


「ナーオ」


 黒猫はわたしにそのまなざしを向けたまま、独特な鳴き声を響かせた。


「猫ってみゃあみゃあ鳴くんじゃねえの?」


 怜の言うとおりだ。この猫は少し変わった鳴きかたをする。

 撫でてくれないわたしに飽きたのか、黒猫はみんなの顔をひとりずつ確認するように視線を送り、最後にひと鳴きすると路地裏へその姿を消した。

 その様子をじっと見つめる結弦は、なにかを呟くように口を動かしている。


「どうしたの結弦?」

「いや、元気でなって言っただけ。じゃあ、今度こそ行こうか」


 黒猫を見送ったわたし達は、再び駅に向かって歩き始めた。