少し早歩きのまま駅に辿り着くと、電車が丁度ホームに入ってきたところだった。


「やべえ、電車がきたぞ」


 怜が声を上げると、全員電車が巻き起こす風に逆らうように駆け出して、慌てて車内に乗り込んだ。

 ボックス席が空いていたので、荷物を網棚に乗せて四人で腰かける。

 すぐさま発車を知らせるアナウンスが流れて扉が閉まると、電車はその車体を少し揺らせてゆっくりと動き始めた。

 荷物を抱えてのダッシュはきつい。

 息を整えながら過ぎ去っていくホームを眺めると、見たことのある四人組が目に留まり、わたしはまた声を詰まらせた。

 徐々に加速する電車は、その姿をすぐに後ろへと流して消し去っていく。


 どういう……ことなの?


 四人の顔も髪型も、そっくりそのままわたし達のコピーだった。

 怜がなにかを話していて、結弦がいつもの穏やかな笑みを見せている。

 わたしと美輝は怜を指差して口を開けて笑っていた。


 そんな、まさか……。こんなことありえない……。


 呼吸を乱したまま視線を一点に集中させていると、美輝が心配して声をかけてくれた。


「どうしたの? なんか顔色悪いよ」

「美輝、今ホーム見た?」


「まあ、ぼーっとくらいには見てたけど、ホームになにかあったの?」


 美輝は見ていない。だとしたら、あれもわたしの見間違いだろうか。

 この旅行があまりにも楽しくて幸せだったから、その幸せを映し出した幻が見えたのかもしれない。

 きっとそうだ。

 うん、いや、そうでなくちゃいけない。


「ううん、なんでもない。寝不足で走ったから体がびっくりしちゃったんだと思う。ちょっと休めば平気」


 窓際にもたれかかって外を眺めると、ホームはとっくに見えなくなって、窓の向こうは草木に覆われた風景が続いている。

 そこにはまた、見覚えのある顔だ。

 遠い丘の上に、巫女の姿で釣り提灯を持つ葵が立っていた。

 手首にお祭りのヨーヨーをぶら下げていて、わたし達の乗る電車、いや、わたし達へ向かって真っ直ぐに釣り提灯をかざしている。その足元には、何度か姿を見せたあの黒猫の姿もあった。


 葵……どうしてここに?

 わたし達の乗る電車を知っていたの?

 それに、なんで巫女服なんて着てるの?

 そんなのまるで、お祓いじゃない。


 あれ……?

 なんだろう……ひどく眠い。


 昨日夜更かししたからといっても、ここまで体が重くなるなんて異常だ。

 まるで鉛の服を着ているみたいに全身がだるい。

 体のどこにもうまく力が入らないし、意識がどんどん混濁していく。

 気を抜くとまどろみの底に沈んでしまいそうだ。


「琴音、そろそろ眠くなってきたんだろう?」


 結弦の声が揺れるように頭に響く。

 どうしてこんなに眠いの?

 帰り道だって、みんなとゆっくり旅の思い出を語り合いたいのに。


「おやすみ、琴音。わたしはこれからもずっと、琴音のそばにいるよ」


 美輝、どうしたの急に? わたしだってずっと美輝のそばにいるよ。

 そう言いたくても、うまく声が出ない。


「お前、今度こそうまくやれよ」


 怜、うまくやれってなんのこと? 結弦とは仲直りしたんだよ。もうケンカなんかしないし、ちゃんと向き合って話をするよ。自分で決めつけて逃げるようなことは二度としないって誓ったんだから。


「さあ、そろそろおやすみ。琴音はもう、大丈夫だよ」


 結弦がわたしの顔を覗き込む。


 いやだ、眠りたくない。

 このまま眠るともう結弦達に会えない。

 なぜかわからないけれど、そんな予感がする。


 ――三人の声が、わたしの中の郷愁を呼び起こす。


 果てしない灰色の世界から、連れ出してもらえたと思っていた。

 わたしの鈍感な笑顔の下に隠しておけば、ずっと続くと思っていた。

 どうしてわたしは連れて行ってくれないの?

 帰りたくない。

 なにも気づかず、終わることのない小さな世界でずっと幸せに暮らしたかった…………の……に……。