来るときは長距離の移動に疲れて重い足取りで歩いていた坂道を、今は軽快に下っていく。

 わたしはひとつひとつの景色にお別れを告げるように、辺りを見渡しながら歩いた。

 駅までの道はまばらに観光客の姿もあって、お土産屋さんやレストランも賑わっている。

 夏祭りの影響もあるのだろう。

 家族連れにカップル、他にも大学生くらいのグループや、よく見るとわたし達と似たような高校生くらいのグループも……。


 ――え?


 ここから少し先のお土産屋さんに入っていく高校生グループの中に、見たことのある人影が動いた。

 デニムパンツにTシャツというシンプルな服装。

 周りの人よりも背が高くて、鍛えられた体のラインは見間違えるはずがない。

 ……声が出ない。

 息もうまくできないし、手がじりじりと痺れている。


「結弦!」


 やっと絞り出した声は、思いもよらず大きい。


「どうしたの? 琴音。突然大きな声出して」


 その声はわたしのすぐ隣から聞こえていた。


「い、いや、あの……わたしお土産見たいんだけど、駄目かな」


 混乱する頭の中を整理しつつ、なんとか思いついたことを口にする。


「結弦、もうあんまり時間ねえぞ。早く駅に行かないと、乗り遅れちまう」

「うん、わかってる……」


 結弦も怜も、顔にどこか焦りが見える。


「ごめん琴音。ちょっと時間がなくなってきたみたいだ」


 お土産屋さんに視線を戻すと、さっきまで店先に立っていたその姿はもう見えなくなっていた。


 見間違えたのだろうか。

 いや……そんなはずはない。

 他の誰を見間違えたとしても、あの姿だけはわたしが見間違えるものか。

 しかし、時間がないということは、電車の時刻が迫っているのかもしれない。

 観光地といっても田舎のローカル線だ。

 一本乗り遅れるだけで相当な待ち時間ができてしまうのだろう。

 わたしには急ぐ理由はないけれど、もしかしたら皆にはあるのかもしれない。


「わかった、無理言ってごめん」


 本当にお土産が買いたかったわけじゃない。

 欲しければ、昨日でも買いに行ける時間はあった。

 でも、あの姿も見えなくなってしまった今、これ以上わがままを言うわけにもいかない。

 一旦立ち止まっていたわたし達は、改めて駅に向かって歩き始めた。