「お前、またそんなところにいるのか」

 いつものように不機嫌そうに私に声をかけてきたのは、美しいブロンドに深い緑の瞳が印象的な十二歳になるマイロン侯爵家のアルフレッド様でした。私より一つ上ですが背の高さが同じくらいなので、並んでしまうと私の歩き方のおかしさが際立つように感じてしまい、あまり近づきたくない人のうちのお一人です。
 このところランドルテ伯爵夫人であるお母様が頻繁に開いているお茶会に、マイロン侯爵夫人とともによくいらっしゃっています。そのたびに私が金魚を眺めているところを見つけては、何か最低でも一言は悪態をついていくのです。
 今日は表庭には面していないほうのサンルームでつかまりました。ここには赤い尾びれの綺麗な金魚がいるからつい顔を出してしまいます。お祖父様の大事な金魚ほどではないけれども、私の一番のお気に入りです。

「ええ、そうですわ」

 伯爵位とはいえ私のお父様は、後にお祖父様のカストバール公爵を継承する予定です。相手が侯爵家のご長男とはいえ、お前呼ばわりされているのに返事をして差し上げることもないのだけれども、しなければいつまでもまとわりつかれることがわかっているので適当に流すことにしています。

「なぜ茶会に出てこない」
「アンジェリカお姉さまとキャサリンがいますから、私一人がいなくてもよいでしょう」
「それは、お前が出てこない理由にはならない。クリスティーナ」

 ただでさえ不機嫌な声がさらに怒気を含んだ声になります。ああ、またです。なんでこの方は私を放っていてくれないのでしょう。
 最近開かれる会は主にお姉さまやキャスの婚約者を選ぶためのものです。今年十一歳になった私には薄々わかっていました。幼い今はまだともかく、足の悪い私にはこれから先社交場に出ることは無理だろうということ。そしてお父様、ランドルテ伯爵の娘として何一つ役に立つことは出来ないのだと――

 でもそんなこと口に出せません。いったところできっとこの何不自由のない方にはわからないでしょう。
 だから言葉を選んで、嘘ではないけれど本当でもない話をします。

「足が痛いの。お茶会をする四阿までは歩きたくないわ」
「だったら次はここで開催してもらおう」

 花の代わりにお前のおすすめの金魚を愛でる会だ。それなら文句もないだろうよ。と言いたいことだけを言って離れていきました。
 



 嫌い。嫌い。大嫌い。

「アルフレッド様は意地悪で嫌だわ」

 お母様が私の髪を撫でながら、困ったような顔をしてなだめるように声をかけます。

「あら、素敵な息子さんよ。マイロン侯爵にとても似ていらっしゃるわ」
「……侯爵様もあんなに意地悪なの?」

 まあ、それではあなたこそ意地悪なことね。と笑われてしまいました。私は少しきまりが悪い心地がして横を向いてしまいます。

「でも、そうね。ティナ、あなたも次のお茶会へ参加しなさい」
「えっ、でも…………」
「ねえティナ。そんなことではこれから困るのはあなたなのよ」

 諭すようにお母様は話します。小さい時から治療を重ねてきたから、ゆっくり歩くだけならもうひどく不都合はないのよ、と。私が思っているほど酷くはないのだと、優しく教えてくれました。

 ええ、知っています。本当は知っているの、お母様。

 でもね、それではダメなのよ。

 私はあの美しい金魚のようになりたかったのです。

 なんとか普通を取り繕っても、本当の私がとても不器用なダンスしかできないことが知られるのが嫌なのでした。長くは歩けないこの足のことを、快活に走り回るあの人に呆れられるのが嫌だったのです。
 だったら最初から傷つかないようにと、近寄らないことしかできない自分が嫌いなのです。

 嫌い。嫌い。大嫌い。こんな私が大嫌い。

 ―――きっと、アルフレッド様だって大嫌いでしょう。