幻聴だとは思えなかった、だって目の前の成瀬さんですら驚いてる。私と彼はほぼ同時にゆっくり振り返った。そんなわけない、いるはずない。でもやっぱり、そこにはあの爪先まで女子力全開のあの子が立っていたのだ。不思議そうにこちらを見ている。

「え、高橋さん?」

 私のひっくり返った声がした。

 高橋さんは首を傾げながらこちらに歩いてくる。ヒールの音がカツカツと廊下に響いた。私と成瀬さんを交互に見て、怪訝な顔になる。

「あれー? 何で二人が一緒にいるんですかあ? ここって、成瀬さんのおうちですよね?」

 ……見られた。

 どう言い逃れも出来ない、私と成瀬さんが部屋に入ろうとしてるところ。よりにもよって高橋さんに見られた。これまで社内の人にばれないよう必死になってきたというのに。

 頭が真っ白になり混乱している私をよそに、成瀬さんは尋ねた。

「そもそも、なんで君がここに? 俺、自分の家を教えた記憶ないんだけど」

 不愉快そうな声だったが、高橋さんは怯えなかった。ニコリと笑い、持っていた鞄から何かを取り出す。目を凝らして見てみると、免許証のように見える。

「これ、成瀬さんの免許証。私のカバンの中に紛れてたみたいですー」

「は? そんな馬鹿な」

 成瀬さんが自分の財布を取り出して確かめる。が、実際彼の財布の中になかったようだ。唖然として財布を眺めている。高橋さんはどこかわざとらしく説明を付け加えた。

「ほら、今日ご飯食べてるときに、免許証の話になったじゃないですか! その時見せてくれたでしょ」

「見せたけど、そのあとちゃんと財布に戻した記憶があるんだけど……」

「思い違いですよー実際私が持ってたんですから! それで届けた方がいいなーと思って、住所を見てやってきたわけです」

 情報過多でついて行けない。二人の会話から読み取るに、今日も成瀬さんと高橋さんは二人でご飯を食べていたらしい。そこで免許証の話題になり、見せあったのだろう。成瀬さんはしっかり戻したつもりだったのに、なぜか高橋さんのところに紛れていた、と。

 私は彼女がここに来た理由より、今日も成瀬さんと一緒にいたのが高橋さんだということにひどく落ち込んだ。もう心が色を無くしてしまったように、ずんと落ちる。二日連続で、食事に? 今日も遅くなるって言っていたのは、この予定があったからなのか。