今日の夜会いに行くつもりだったけど、ここで会うことになるのは予想外なので固まってしまう。いや、同じ職場なんだから顔は見てる。でも遠目から眺めるのと、面と向かって会うのとでは雲泥の差がある。

 ああ、私この人に告白するんだっけ。そう実感すると、逃げていなくなりたい気分になった。

 成瀬さんはふっと私から視線を逸らす。そして床にしゃがみ込み、私がぶちまけた荷物を拾い出した。慌てて自分も続いた。鞄の中身が派手に散らばってしまっている。

「すみません!」

「いや、俺もぼーっとしてて」

 そう言いかけた成瀬さんが、言葉を止める。彼が何かを見ているのに気が付き、手元を眺めた。

 そこにあったのは、昨日不動産屋でもらった物件のコピーだった。鞄の中に入れっぱなしだったのだ。

「あ、これは」

 話そうとする私の言葉を遮るように、彼は集めた荷物を差し出してきた。そしていう。

「引っ越すんだね」

「いえ、あ、考えてるんですけど、それは」

 どこから説明すればいいのか。本当は引っ越したくないけど、大和のことがあるからちょっと見てるだけ。まだ本決まりでもないし、と色々言いたい言葉が浮かんできた。けれど私が言うより先に、成瀬さんが小さな声で言った。

「鍵は郵便受けに入れておいて」

「…………え?」

 目を丸くして彼を見る。成瀬さんはふわっと笑った。

 鍵? 鍵ってやっぱり、成瀬さんのマンションの……

 すっと彼が立ち上がる。そしてそのまま私を通り過ぎて歩いていく。私は呆然としたまま立ち上がれなかった。

 そっか、私が引っ越すって決まれば、料理を届けることが出来ないから。だから、もういいよって言ってくれてるんだ。元々私が彼に届ける理由の一つに、家の近さがあったから。

 それがなくなれば、こんなにも簡単に終わる関係だった。

 ああやっぱり、それだけの仲だった。私と彼の間に特別なものなんて何もない、偶然が重なりあって築いただけの時間。

「…………成瀬さん!」

 私は声を張り上げた。彼が驚いた顔で振り返るのが分かった。