仕事を終えても、大和から返信はなかった。既読にはなっているので読んでいるはずなのに、何をしているんだろう。いら立ちは止まらない。

 だが沙織からは、『みんなには私が訂正しておいた』との連絡を貰ってちょっと安心した、持つべきものは友人だ。

 だが、同期はともかく、高橋さんも知ってたみたいだし。誤解だって言って口止めもしたけど、あの子ちゃんと守ってくれるんだろうか。

 不安に駆られながら一旦家に帰る。夜道で大和に会ったりしないか背後を警戒して歩いた。沙織に言われた引っ越しというのも頭によぎるが、やはり成瀬さんと離れてしまうことも引っ掛かる。一応物件を見てみるが、どれもピンとこない。

 昨晩作ったカレーを手に持ち、私はすぐさま成瀬さんの家に向かった。

 特に大和らしき人もいないし、静かな道を通っていつものマンションにたどり着く。扉の前に立つとほっと安心感を抱いた。前も大和に復縁を迫られた時、成瀬さんの顔を見てホッとしたことがあったっけ。思えばあの時から、彼は私の中で特別だったのか。

 鍵を使って中に入る。いつものようにパンパンのゴミ袋。私は慣れているので特に何も思わず廊下を突き進んだ。

 リビングのドアを開ける。彼がソファに死んでいる光景が目に入ってくるかと思っていたが、まるで違った。

 部屋が真っ暗だった。

「あれ」

 冷え切った部屋に、一つもついていない電気。私はとりあえず近くにあったスイッチを押してみる。パッと明るくなり周囲が見えるようになったが、やはり成瀬さんはいなかった。

 私は今来た道を戻って、浴室前に立った。ノックをしてみる。

「成瀬さん?」

 耳を澄ましてみるが、シャワーの音も何も聞こえない。入浴中というわけでもなさそうだ。寝室にも入ってみたが、空っぽのベッドがあるだけだった。

「……留守、か」

 ぽつんと呟いた。

 訪問すればいつでもいたのに。それで犬みたいに笑いながら私の持ってきたご飯を食べるのが普通だったのに。

 今日に限っていないなんて……。

 私は一旦リビングに戻り、とりあえず持ってきたカレーをキッチンの上に置くも、ここじゃ気づかれないかもしれないと思った。テーブルはまだ届いていないのだ。

 ソファの前に場所を移動させる。冷え冷えした部屋なのでここでも大丈夫だろう。ソファの正面にぽつんと置かれた紙袋。なんとなくその隣に腰を下ろして、帰ってこないかなあ、と思った。

 残業だろうか。誰かとご飯でも行ってるんだろうか。そりゃ成瀬さんだって出かけることもあるよ。でもいつだってこの部屋にいてくれたから、勝手だけれど心細い。

 床からお尻に冷たい温度が伝わってくる。少しだけ待ってみよう、帰ってくるかもしれないから。

 そう思って膝を抱えてみる。どうしても今日は成瀬さんの顔を見て話したかったのだ。

 結局少しだけ、と思っていたくせに、その後一時間以上居座ることとなる。完全に冷え切った体で震えが来てしまうぐらいになったころ、諦めて帰宅した。その日成瀬さんは帰ってこなかったのだ。