「あ、あの、成瀬さん?」

 やっと声を絞り出す。真剣な顔で私を見つめ続ける相手に呼びかけると、一瞬成瀬さんはまつ毛を揺らした。だがすぐににこっと笑って見せる。

「ごめん、恥ずかしがってた佐伯さんが可愛かったからからかった」

 そう言って離れていく。こちらは未だ硬直したままである。近い距離にドギマギしたかと思えば、とどめとばかりに可愛いだなんて言われて、もう私の心臓は持たないと思う。

「……あ、あの、成瀬さん。私、実は」

「あれ、カレー大丈夫?」

 言われてハッと思い出した。私は慌てて起き上がり火をつけっぱなしだった鍋に駆け寄り、もう十分煮込んだのを確認した。あとはルーを溶かすだけだ。

 火を止めた。そこで一旦、目を閉じて心を落ち着ける。ちらりとだけ背後を見てみたが、彼はテレビをぼうっと眺めているだけだった。

 苦しい、痛い、切ない、いろんな感情が重なり困る。暴れる心臓を落ち着かせるように、手のひらをそっと胸に押し付けた。

 カレー作ろう、うん。とにかく腹ごしらえをしなきゃ。

 私は戸棚を開けてルーを取り出した。