「あ、そういえばテーブル見たんだよ。俺これがいいと思うけどどうかな」

「え、どれですか」

 成瀬さんはスマホを取り出して操作する。私は彼の隣りに近づき、持っているそれの画面を覗きこんだ。

「ほら、これこれ――」

 そう言いながら成瀬さんがぱっと顔を上げる。私が近づいてきたことに気づいていなかったらしく、思た以上に至近距離に顔が持ち上げられる。間近でばちっと目が合う。その近さに思わずのけぞり、私は勢いで後ろに倒れ込んでしまった。

「あ、ごめん!」

 成瀬さんが慌てて私に謝る。私はドキドキしてしまった心臓を隠すように、なるべく平然を装って体勢を戻した。一人で驚き一人でひっくり返って、馬鹿みたいだ。成瀬さんもびっくりしちゃってるじゃないか。

「すみません、私が近づいたんです」

「俺気づかなくて、ごめん。嫌な思いさせたね」

「突然だったのでびっくりしただけです。恥ずかしかっただけなので、別に嫌だったわけでは」

 淡々と口からは答えを漏らすが、今だ自分の心は大きく鼓動を繰り返していた。早くそれを落ち着かせたくて自分に言い聞かせる。あれだ、どうでもいいことを考えよう、そうだ来週成瀬さんに持ってくる献立の計画でも……

 そんな必死な抵抗で緊張をほぐしていると、成瀬さんがじっと私を見ていることに気が付いた。その真っすぐな夜色の瞳は、簡単に自分の平然をぶち壊した。

 次の瞬間、成瀬さんが四つん這いの格好でずいっとこちらに寄った。私は驚きで動くこともできず、再び至近距離に現れた綺麗な顔立ちを唖然と見つめているだけだ。

 成瀬さんのまつ毛、長い。普段見えない髪の生え際に小さなほくろまで見つけてしまった。それぐらい彼の顔は私のそばにいた。

 ワンテンポ遅れて、自分の顔がぼぼっと赤くなった。ようやく自分の置かれている状況に理解が追いついたのだ。なんでかわかんないけど、成瀬さんがめちゃくちゃ近い。顔が噴火してしまいそうだった。でも逃げ出すのもよくない気がした。