目の前の高橋さんは、一気に目に涙を浮かべた。ハッとしたときには、彼女はぽろぽろと涙を零して泣き出したのだ。

「そんな……私頑張ってるのに……佐伯さん、怒るなんて思わなかった……」

 嗚咽を漏らして泣く彼女の後ろに、運悪く男子社員たちが通りがかった。そして、泣いている高橋さんを見つけるや否や、慌てた様子でこちらに集まってくる。私は数歩、後ろに下がった。

 がやがやと集まった人たちは、なんだなんだと高橋さんを囲む。泣いている彼女、怒鳴ってた私。誰がどう見ても、悪者がどちらかなんて明らかだった。

「どうしたの!?」

「大丈夫?」

「佐伯さんを……怒らせちゃ……っ」

「なんかミスしちゃったのかな? 佐伯さん、そんな泣かせるほど厳しくしなくても」

 哀れんだ目でみんなが高橋さんを見ていた。真実を言ってやりたい衝動に駆られる。なぜ私が責められる? 必死に毎日頑張ってきたのに、急に大和を返した、なんてことを言ってきたのはあっちじゃないか。

 ただ言ってしまえば、私は『指導している後輩に彼氏を寝取られた』という噂がずっと付いて回る。ダメージはこちらも受けるのだ。いやでも、こんなふうに悪者になるぐらいなら、いっそ全部言ってやった方がいいかもしれない、しかしこの状況、私が何を言っても周りは高橋さんの言葉を信じてしまうのでは……

「佐伯さんは悪くないです、私がダメな子だから……怒らせたんです……ごめんなさいっ……」

 泣きながらそういう相手に、眩暈を覚えた。佐伯さんのせいです! と叫んでくれた方がどれほどマシか。予想通り、周りの男たちはなお高橋さんに同情を寄せた。

「大丈夫?」

「高橋さん頑張ってるんでしょ、泣かなくてもいいよ」

 そう言いながら、私に集まるのは責めるような視線。いくつもの目に攻撃され、言葉を失くす。戸惑いから声すら出ない。

 何か説明しないと、このままじゃ私だけが悪く思われる。ああでも、この中で私の声を聞いてくれる人なんて――