「まあ気持ちもわかるけどさ。志乃もそのうち成瀬になるんだからその呼び方さすがに変じゃん」
「あは、それは確か……え?」
「え?」
「え?」
「………あ、ごめん、さすがにちょっと急ぎ過ぎた」
成瀬さんはしまったといわんばかりに口を手で覆った。つい滑ってしまった口を戒めているようだった。私は顔が熱くなり、そのまま俯く。
いやいや、確かに急ぎすぎ。そもそも付き合ってすぐに同棲したのもスピードが凄かったのに、そっちまでそんな早さで進んでしまってはさすがに困る。
そりゃ、そういうことを考えてないわけではないけれど……。
成瀬さんが心配そうに顔を覗き込んでくる。
「ごめん、早とちった、引いた? 願望が口から出ちゃった」
「い、いや引いたわけじゃない」
「ならよかった」
「びっくりしただけ」
「そう? 俺の頭の中いっつもそういうこと考えてるよ」
笑いながら自分の頭を指さしている。仕事中はあんなにスマートで頼りになるのに、家では全然違う顔。ただ、両方の顔を好きになってしまった自分がいる。
「まあ、びっくりしたけど……私も考えないわけがないし」
「え、ほんとに!? なんだー俺だけかと思った! じゃあ早速」
「考えることもあるけどさすがに早いから!」
「あーやっぱり? そりゃそうだよね、まあそんな急ぐことじゃないしね。それにこんな形じゃさすがに締まらないよなーいずれちゃんと言わないと」
そう言う成瀬さんはなんだか一人楽しそうに笑っていた。鼻歌を歌いだしそうなぐらい上機嫌な彼に、私はただ微笑んでしまう。
とにかくもう少しこの生活に慣れないと。こういう一つ一つの話し合いがきっともっと二人を近づけてくれる。これから同じ道を歩いていくのに、遠慮はよくないから。
笑いあっていると、ふとしたタイミングで成瀬さんが私にキスを落としてきた。彼が触れてくるタイミングは未だによく分からない、突然すぎて驚くことが多い。
押し込むように繰り返されるキスに、つい体が倒れていく。それを二本の腕で必死に支えて耐えた。彼はさらに押してくる。抵抗する。
少しして顔を上げた成瀬さんは不満げだった。
「え、だめ? スイッチオンなんですけど」
「なんでこのタイミングでスイッチ入るんですか! 今からご飯ですよ」
「だって可愛いかった」
「ずっと思ってたけど成瀬さんの可愛いポイントはかなりずれています」
「そう? 言っとくけど俺を好きだなんて言う志乃も相当ずれてるから」
うっ。そうなんだろうか。まあ、始めの頃は好きになったら苦労するし絶対ないなあ、と思ってたけど。
「と、とにかくまずはお腹すいたんです、ご飯が先です」
「まあ、それもそうか。俺が寝坊したから昼飯からだね、今日何にする?」
「昨日は外食したし簡単に作ろうかなあ」
「よし手伝う!」
「まずは前髪なんとかして?」
楽しい二人暮らし。思った以上に幸せな二人暮らし。
きっとこんな生活が、これからも続いていく。
おわり。→おまけ



