「俺さ。今まで全部このプライベートなところ見せて幻滅されてきたから、その面倒を見てくれた挙句、好きになってもらったのなんて初めてなわけ。そりゃひっくり返って驚きもする」

「あは、確かにひっくり返ってましたね。まあ確かに普段の生活は凄いですが……今までの人はびっくりしたんですかねえ?」

「でも思えば、じゃあ直す! って言いきらなかった俺も悪い。多分、そこまで好きじゃなかった。
 だから初めてなんだよね、この生活を頑張って何とかするから、付き合ってくださいって自分から言ったの」

 どきりと胸が鳴った。布団の中で、彼が私の手を探し当てる。

 ゆっくり遊ぶように、指を絡めて握られた。

「佐伯さんは元カレと付き合ったこと凄く後悔してるかもしれないけど、でもそれがなかったら俺たち始まってないかもしれないから、俺としてはありがたい気持ちもあるから複雑」

「確かに、大和の浮気にショックを受けてなければ仕事のミスもしなかったし、高熱で倒れた成瀬さんを看病する羽目にもなりませんでしたね!」

「そう思うとすごいよね、どこかでちょっと違ったらこうなってないのかって」

 熱い手が強い力で握ってくる。私もそれをしっかりと握り返した。

 未だに夢心地の私に、現実だよと教えてくれるようだった。少しだけ汗ばんだ手のひらが、酷く尊い。

 私たちはお互い顔を見合わせて微笑んだ。と、私は握られた手をそっとほどこうとする。

「すみません、寝る前にシャワーお借りしていいですか」

「え? 今何時だろ」

 成瀬さんがスマホを取り出して確認する。暗い部屋にぱっと光が生まれ、彼の顔を照らした。よく見えるようになった成瀬さんの顔は、時計を見てにやりと笑った。

「まだ二時じゃん」

「もう二時ですか」

「朝までまだまだあるじゃん」

「え?」

「あーやすみでよかったー」

 そう言って彼は私の手を強く引く。体を起こしかかっていた自分はそのままベッドに押し付けられた。まさかと思い、つい懇願する。

「ちょっと待ってください! ギブアップ! 頼みます!  もう寝ましょう!」

「うそ、こんな場面でそんな頼みする?」

「イエスギブアップ!」

「ノーノーまだまだ」

「その体力ご飯食べることに使えませんか?」

「不思議だねえ、使えないんだよねえ」

 本当に不思議そうに言った成瀬さんは、私においかぶさって動けないようにしてしまった。私はムードのかけらもない『ギブアップ』を連呼したが、聞き入れてはもらえなかった。